あの桜でアナタと……。

Ray

桜から葉桜

「やっぱり思い出せない、アレから10年まだ思い出せていない。誰かと大切な約束をしたはずなのに……」

 少年の名は咲夜さくや日仲ひのなか咲夜のは子供の頃の記憶がないこと以外はごくごく普通の高校生だ。

 散歩の途中、ふと坂の上を見上げると桜の木下に誰かが立っていた——顔が見えないがアレはウチの高校のブレザー姿だった気がする。

「? ……女の子?」

 一瞬、目があった気がしたが彼女はそのままさってしまっていた。

「ちょっと気になるけど、とりあえず今日はここまでにするか」

 そろそろ、行こうと前に一歩踏み脱した瞬間、強風と共に空からひらひらと何かが頭に落ちてきた。

「ん? なんか頭の上に……」

 桜かと思って触ってみるとそれは桜よりも触り心地の良い桜柄のハンカチだった。

「このハンカチ、さっきの子のかな?」

 急いで坂道を駆け上がり、辺りを見回してみるが誰もいない。

 僕にもこれからやることがある、このままこのハンカチを何処かにかけて置くのは強風の吹く今日はやめておいた方がいい——それにもしかしたら明日学校で会えるかもしれないしな。

 僕はそのままワクワクしながら眠りについた。


 次の日、咲夜は朝早く学校へ向かった。

 学校に着く頃には学校に咲いて桜の木は葉桜のようになっていた——昨日の風邪で桜が散って葉桜になってしまったみたいだね。

「なんかここの桜、少しかわいそうだな」

 昨日の風は強かったけど散ってからといって、すぐに葉が生えるなんてのはおかしすぎる。

そんなことを考えていると背後から足音と共に咲夜を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「……せ、先輩ですか?」

「……へ?」

 振り向くとそこには桜のようショートカットと夜のような紫色の瞳、メガネに赤いネクタイに白いパーカーを着た見た目ため大人しい少女が涙を流して立っていた。

 うちの学校はネクタイの色で学年がわかるようになっていて一年は赤、二年は紺、三年は緑となっている。

「な、涙出てるけど大丈夫?」

「へ? ……あ、あははは。だ、大丈夫です、目にゴミが入ったのかな〜」

 そう言って少女は恥ずかしそうに咲夜から顔をそらした。

 それが年下の一年生、桜切さくらぎヒカルとの初めての出会いだった。

「あ、あの! 昨日ここら辺で桜柄のハンカチを拾いませんでしたか?」

「もしかして、それってコレのこと?」

「そうですそれです! ありがとうございます、無くしてからずっと探していたんです!」

「それはよかった」

 彼女はそういうと大事そうにハンカチを抱きしめた。

「このハンカチは子供の頃に約束を忘れないようにってもらったものなんです!」

「次、無くしたらその子も悲しむかもしれないから気をつけてな」

「……それは大丈夫ですよ」

「? 今何か言った?」

「い、言えなにも‼︎」

「そ、そう?」

 なんだか変な子だな?

「拾ってくれたのは嬉しいんですが、誰とどんな約束をしたのかは思い出せないんです……」

「そ、そうなんだ……。実は僕も昔、誰かと大切な約束をしたのに思い出せないんだよ」

「先輩もなんですか⁉︎」

「ああ、三年前に戻ってきたんだけど、昔のことを幼なじみに聞いたら少し教えてもらったんだ。だけど、そのことだけは知らないって怒ったように言われちゃってさ」

「そうなんですか……。あ、あの! もし良かったら先輩の連絡先を教えてもらってもいいですか?」

「いいけど、どうしてなんだ?」

「改めて先輩にお礼をしたいんです!」

「そ、そう……」

 そんな二人の姿を教室から銀髪の少女はつまらなそうな目で見つめていた。


 それから咲夜とヒカルはお互いに意気投合し、お昼休みや放課後、休日すらも一緒に過ごすようになっていた。

 だがヒカルは学校では一年の教室にいることは少なく、いつも廊下や下校中にばったり会うことが多かった。

 最初は少し不思議に思ったが段々とそんなことは気にならなくなっていた。

 さらに周りから『付き合っているの?』だとか『お似合いだね〜』っとは一言もかけられなかった。

 まるで彼女が見えないように……。


 そんなある日、いつも通り学校にたどり着いた咲夜は教室に入るなり中から出てきた少女にあまり人気のない階段裏まで連れてこられていた。

「痛い、痛い痛い‼︎ いきなりなんだよ、マリー!」

「うるさいわね、ちょっと話があるのよ。静かにして!」

 連れてきたのは腰まで伸びたロングストレート銀髪に月のように輝く瞳をした、僕の幼なじみの天玉てんぎょくマリーだった。

 彼女は退路を塞ぐように両手で「ドン!」っと咲夜を壁に追い込んだ。

 そしてジーっと僕の顔を確かめるように見てきた。

(いやいや、顔が近い。顔が‼︎)

「単刀直入に言うわ、もうあの子と関わるのはやめて」

「あの子ってもしかしなくてもヒカルのことか」

「ええ、そうよ」

「というか、マリーもヒカルのこと見えるのか⁉︎」

「まあ、癪だけどね」

 (もしかしてヒカルのことが見えるのは僕とマリーだけなのか?)

「で、でもなんでいきなり、そんなこと言うんだよ?」

「私は貴方にあんな苦しいことを思い出して欲しくないのよ!」

「な、なんだよ! 苦しい思い出って……。もしかしてヒカルは僕の子どもの頃の記憶と関係があるっていうのか?」

「ええ、そうよ。だけど私は貴方には絶対、絶対に話さないから……」

 そう言ってマリーは咲夜の前から消えた。

「いったい、僕の子どもの頃になにがあったんだよ」

 咲夜は壁に寄っ掛りながらその場で身体を崩して座り込む。

「は〜……。いったい僕はこれからどうすればいいだ?」

 しばらくの間、咲夜はそのまま考え込むと予鈴を聞いて教室に戻ったのだった。

 咲夜はその日の放課後、真実を知るためにヒカルを見つけて眩しく照らされる校舎の屋上に上がった。

「先輩、それでこんなところに連れてきてお話しですか? もしかして告白ですか⁉︎」

「そ、そんなわけないだろ⁉︎」


「ヒカル。僕に何か隠してることない?」

「そんなのありませえんよ。だって私と先輩が初めてあったのはまだ桜の木が満開だった時、じゃないですか?」

「……そうだったね。でもそれは10年前だよね? 僕がこの学校でヒカルに出会った時は、葉桜だよ」

「ッ‼︎ そ、そそそうでした! あははは……」

「…………。」

「もうなにを言ってもダメみたいですね」

「そうだね」

 ヒカルは泣きそうな必死に抑え笑顔を作る、そして地平線に差し掛かった太陽が彼女の涙を光らせた。

「僕がこの街から転向する日、ヒカルは僕と『いつかもう一度あの桜の木で会ったら結婚しよう!』って約束をしたんだよな。だけど君は五年前に……」

「そうです。交通事故で……」

 涙を流しなら話す咲夜にヒカルはそっと抱きしめた。

「やっと思い出してくれたんですね、咲夜」

「ごめんな、10年も待たせて」

「いいんですよ。咲夜が私のことが好きだったのはとっくの昔に知ってましたから……。だから明日からはマリーさんを幸せにしてあげてください、咲夜は苦手かもしれませんが私の次に咲夜のことを思っているのは彼女なんですから」

(もしかしてマリーの気持ちに気がつかなかったのは僕だけ⁉︎)

「ああ、わかったよ。ってマリーのこと知ってたんだ」

「ええ、オンナの勘って奴です♪」

「オンナの勘って凄いな」

 夕日が地平線に沈むと辺りは一気に夜になった。

「そろそろ、私は行きますね。マリーさんは教室で待っているので早く行ってあげて下さい」

「じゃあな、ヒカル」

「はい、でも消えたからっていつも遠くから見てますからね♪」

「ああ、肝に銘じとくよ」

 ヒカルがそういうとだんだん彼女の体は夕日が見えるぐらいに透けていき、咲夜の手にはヒカルの桜柄のハンカチだけが残った……。

 咲夜はそのハンカチをギュっと握りしめ、涙を拭き取ると屋上を後にした。

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あの桜でアナタと……。 Ray @Ray2009

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