舞踊

松長良樹

舞踊


 すみれ色の彗星がまぶしい光輪を放った時、その少女は地上にすっくと立っていた。宇宙から来たのか、海底からきたのか、地底から来たのか、誰にもわからない。


 ただその少女は愛くるしい笑顔を振りまき、金色のコスチュームを着けてリズミカルに踊っていた。



 それにつられたのか猫が踊っていた。三毛猫は二本脚で立ちあがり、前脚の肉球を空に向け、まるで阿波踊りのような格好で一心不乱に踊っていた。なにせ猫の事だから、嬉しいのやら、悲しいのやらその表情から読み取る事は出来なかった。


 同じようにして犬が踊っていた。それは中型犬ポリッシュ・ローランド・シープドッグで、後ろ脚二本で懸命に体を支え、傍から見たら苦しそうだったが(後ろ脚が微かに痙攣していたから)それはなにかに憑かれたようで、見方によってはとても滑稽であり、同時に恐るべき異様さを秘めていた。


 チワワが、シェパードが、柴犬が、そしてドーベルマンが踊っていた。


 芝生で馬が踊っていた。小枝でハトが踊っていた。穴の中でネズミが踊っていた。


 ゴミの中でゴキブリが踊っていた。顕微鏡の中の細菌さえもが踊っていた。ウイルスが、カビまでもが踊っていた。それがどんなふうに踊っていたかは明確に表現が出来ないが、すべてのものが微妙に体を揺すっていた。


 魚が躍っていた。トビウオは空中でとんぼ返りをして踊り、サメが波乗りをしながら跳ね上がるようにして踊っていた。マグロも、サンマも、アンコウさえもがその触角をフリフリしながら踊っていた。巧みに柔軟に踊っていた。


 花が踊っていた。街路樹が踊っていた。森が踊っていた。桜の木が踊っていた。花は開いたり閉じたりを繰り返し、太い幹が微妙に揺れている。


 そして……。それを見上げる民衆がやっぱり踊っていた。それは集団催眠か、ミュージカルか、新興宗教か、人類総発狂か、誰にも解らない。


 電車が止まり、交通事故が多発した。大火災が巻き起こり、そこに駆け付けるべき消防隊員が踊っていた。手術中の医師が、看護師が、踊っていた。ああ、瀕死の患者までもが踊っていた。裁判官が踊っていた。陪審員が、被告が、証人までもが踊っていた。まったく踊っている場合ではないのに踊っていた。


 だが、一部の国の人たちがまだ踊らずにいた。それはまだ夜が明けない国の人たちでその中のまた一部の賢い人達が、眠い目を擦りながらその原因を考え始めた。

 

 そしてそれは意外なほど簡単な原因であった。世界で真っ先に光を浴びた人々が踊り狂っている。つまりハワイより赤道に近いライン諸島、キリバスの人々が最初に踊り始めたのだった。

 それに気づくと彼らは取りあえず毛布をかぶってみたり、地下に潜ってみたりして日光を避けようとした。中には飛行機で夜の方向に飛び出す人もいた。


 しかし地球が自転している以上結局誰も日の光を避けられなかった。


 全てが踊っていた。とにかく踊っていた。問答無用に踊っていた。その踊りは益々勢いづき、円熟味をまし、すべてのもののリズムがピタッと重なった。

 すると地球が眩しい程の光の輪に包まれはじめ、すべてのものが円舞を舞い始めた。それは北極点を中心として輪を描く大円舞で、荘厳な大スぺクタクルに他ならなかった。

 その舞踊が絶頂を極めた時、一匹の三毛猫が笑った。猫は口元の可愛い髭をカーブさせてニンマリと笑い、上手にターンをした。まるでソシアルダンスを踊る女性が、男性の右手を中心にしてくるりと一回転する動作に似ていた。


 するとそれが合図であったかのように、すべてのものがターンをした。まったく一斉にターンをした。


 ――すると、地球が一瞬自転をやめ、ついに真逆に回りだした。






 踊る阿呆に……。


 誰かがついそう言いそうになったが慌てて口をつぐんだ。






                了


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舞踊 松長良樹 @yoshiki2020

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