なんでこんなやつ

新木稟陽

早く来ないかな

 勉強する気もないけど、特にすることもないから教科書をパラパラめくる。当たり前だけど、そんなんじゃ内容なんて入ってこない。仕方ないから教科書を閉じて、なんとなく体を九十度回転させて後ろの席を見る。

 いや。なんとなくなんかじゃない。

 まだこないのかなぁ、って。そう思うと、体が勝手にそっちに向いちゃう。

 そんな自分が恥ずかしくて、一人で赤くなって蹲る。バカみたい。

 ややや、別に好きとかじゃないから。ありえないし。そりゃ、話してて楽しいから早く来てくれないかなぁ、とかは思ってるけど。それだけ。あいつ、いっつも遅刻かギリギリだからなぁ。

 あたしは早く来てるのに。もしかしたら、なんかの間違いで早く来てたりしないかなあ、なんて期待して。

 でもいっつも空振り。あたしはアイツと話したくて、そのためにわざわざ早く来てるのに、アイツにとってはどうでもいいのかな。

 ……て、いや! だから! なんなのこれもう! ガラじゃねぇっての!

「んぐるぅぅ……」

 頭を掻きむしってなんとか正気を保っ……

 その時。ガラリと扉の開く音が聞こえて。

「んっ!」

 反射的に顔が上がっちゃう。アイツ、来たのかなって。ひとクラスに四十人もいるのに。他のクラスの子かもしれないのに。アイツが来たのかも、なんて。

 で、ビンゴ!

「ソータ! おはよー!」

「ん、おはよ」

 思わず顔が緩んじゃって、あわてて真顔に戻す。

「え、こわ。なんで急に真顔?」

「別に。」

 なんでもないし。甘く見ないでほしい。こんなところでボロは出さない。

 ソータは行儀悪くどかっと席につくと、かばんをその辺に放り出す。自転車通学の彼はかなりとばしてきているのか、寒くなってきたこの時期でも額に汗を浮かべていた。

 今日学校に来るときにあった事。漫画の話。部活顧問の愚痴。気になった服とかアクセ。ソータは知ってることも知らないことも、どんな話だって聞いてくれる。それに、返しがうまいというか、ボキャブラリーが豊富というか。テレビの芸人みたいに話がうまい。地頭がいいんだと思う。ソータの冗談にはついつい笑ってしまう。

 ソータと知り合ったのは高校生二年のこのクラスになってから。まだ5ヶ月くらいしか経ってない。それなのに、もう……

 だーかーら! もう、なんだし! なんでもないし! 平常心、平常心。

「そういえばソータ、最近学校くるの早くなったよね。」

「えっ……」

 本当に、何気なく。言ってみただけ。同じクラスになって間もないときは、いつもギリギリで教室に滑り込んでくるから目立ってた。

 でも今は、ちょっと違う。今だって、時計を見たらホームルームの開始までまだ十五分ある。

「もしかしてぇ、あたしに会いたくて早く来てる〜?」

 これもまた、ただの冗談。肩を小突きながら言ってみたら。

「え、や、そ、別、に……」

 ソータは鼻を掻くみたいにして口元を隠して、目を窓の外に向ける。

 明らかに、動揺していた!

「ち、ちょっと、なに、そんな……」

 急にそんな反応、予想外。ズルい。そんなのされたら、こっちも、あー、どう、したらいいんだよぉ。どうしよぉ。え? ほんとに? いや、まさか。

 あたしも狼狽え……困ってるのに気付いたのか、ソータはなんと反撃してきた。

「ゆ、柚葉こそ随分俺のことちゃんと見てるじゃん。俺が来るの、待ってたとかじゃねぇの?」

「は? は、はぁぁぁ!? な、なにそれ! じ、自意識過剰! キッモ!」

「あっ、ごめん……」

「えと! ちがくて、これはその、照れ隠し……いや、照れてないし! あの、えっと…………。」

「…………。」

 人生で一番長い、十五分だった。

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