番外編 ある日
◇番外編◇■ある日■◇
私の兄は、殺人鬼のはずだった。
前世の時に読んだ、「さよなら天国 おはよう地獄」という漫画。
通称さよ獄の登場人物であり、「全て自分の思い通りになるからつまらない」という考えを持って、夏休み、クラスメイトを殺人ゲームに巻き込み、殺し合いに発展させる黒幕、黒辺誠。
私が前世を思い出し、自分の兄がその黒辺誠で、そして私はその妹に転生したのだと理解した私は、兄を殺人鬼にしないべく、兄の周りが思い通りにならないように、兄へ予想外の提供を繰り返した。
晴れの日も、雨の日も、雪の日も、台風の日も。「他の人さえ巻き込まなければいい」という精神の元、兄を驚かせようと邁進した。
結果、惨劇の一夜が起きるはずだった夏。兄は私を閉じ込めようとして、一緒に映画を見てお菓子を食べて、この際だから着ぐるみを一緒に着るか聞いたらあっさり断られたりして、何だかよく分からないまま、惨劇の一夜は予想外の一夜に変わり、兄が殺人鬼になることは回避された。
のだが。
惨劇の一夜から、二年。私が高校二年生になり、兄は大学に入学した現在。蝉が煩く、毎日毎日最高気温を更新する昨今。
また、危機が到来してきた。
私はリビングに今月のカレンダーの、二週間と迫る赤い丸をつけられた赤い日付を見つめる。その下には、『同窓会 誠』と、整った字で記されている。
……兄の同窓会が、二週間後の今日、行われる。
県外の、温泉旅館を舞台に。二泊三日の旅行つきで。
兄の話では、兄が高二の時の同級生のお金持ちの人が、旅館を貸し切り、同窓会を開こうと持ち掛け、開催に至ったらしい。
名前こそ話していなかったが、それは野木くんだ。学校にベンツで登校し、休日はヘリやクルーザーで海を渡る、絵に描いたようなお金持ち。旅館の貸し切りなんて簡単だろう。聞かずとも分かる。「さよ獄」の登場人物にいたから。
確か野木くんはさよ獄で、「金ならある! 金ならあるから!」とみっともなく命乞いをするもあまり話をしたことがないクラスメイトに殺される。
その後の回想で両親は野木くんに興味を持たずお金だけ渡し、お金だけが野木くんが他者と関わる唯一の手段であり、本当は普通にクラスメイトと話がしたかったのに、自分に自信がなくお金で釣るような真似をしてしまったことが語られるのだ。
そんな野木くんが、高二の面々で同窓会を開くらしい。
成人を迎え、高三のメンバーで同窓会をする前に、高二のメンバーで集まりたいからと。でも幹事は「さよ獄」主人公、田中ひろしくんだ。野木くんはスポンサーといったところらしい。
……同窓会。
かつて同じ教室で共に勉学に励んだ級友たちと、過去を懐かしむ。尊い催し。青春の輝き……本当に、本当に、本当に余計なことをしてくれたと思う。
野木くんに対して怒りしか沸かない。別に、同窓会を開くのはいい。何で二泊三日の旅行で、一泊目の部分があの惨劇の一夜の日付なんだ。
そう、あの日なのだ。よりによって、「さよ獄」で黒幕の黒辺くんがクラスメイト全員を血祭りにあげたあの日付が、同窓会旅行初日とめちゃくちゃに被っているのである。
兄は惨劇の一夜になるはずだった日から、大して変わった様子は無い。殺戮に傾倒する様子もないし、かといってサイコパスではなくなった様子もない。節々に共感性の欠落や、良心の欠如は見られるし、ただ生き物殺したりすることに飽きた、という感じだ。
だから突然「さよ獄」登場人物が集まったことで、殺生への衝動がぶり返してしまうかもしれないし、死への興味、全てが予想通りに起きることへ絶望して、二泊三日ゆったり温泉三昧が、二泊三日ぐったり殺戮三昧になる可能性が十分ある。ただでさえ、旅行に関心がなく、高校に入ってからの宿泊系の行事は全て欠席していたのに、同窓会だけは強い関心を示していたのだ。兄は。
だから野木くんを、絶対許さない。
それに……それに!
同窓会と言うことは、「姫ヶ崎さん」がいるのだ。かつて、兄に想いを寄せていたクラスメイト、「さよ獄」のヒロインで、パーフェクト美少女、姫ヶ崎さんが。
あの一夜から、私は兄と奇妙な関係を築き、そして現在、「双方同意の上で交際気味、そして結婚はおそらく確定」という関係に変化している。
元々私は兄と結婚したいと思っていたし、異性として意識していたところも無かったわけじゃない。現在兄と呼びつつも一人の男性として見ている。ただ両親と生活している以上、線引きをしなくてはいけないからだ。
現状、二人きりじゃないとき以外は、しっかり家族として生活している。が、私は兄の事が好きだ。
そんな兄を!
完璧美少女姫ヶ崎さんのいる二泊三日温泉旅行に送り出すとか!
本当に嫌だ!
温泉旅行ってあれだ。
浴衣に着替えていつもと違う雰囲気に顔が熱くなったりとか、浴衣がはだけて、心臓がはねたりとかそういうのがあるはずだ。
だって兄の大学受験祝いで行った家族旅行で、実際私がそうなった。姫ヶ崎さんがそうなる可能性は否定できないし、兄が姫ヶ崎さんに突然そうなる可能性も否めない。
兄は、情緒をどうかしてる。「さよ獄」の黒辺くんのようなおかしさは見えないけど、親を「あれ」と言ったり、私以外の人への冷たさが常軌を逸している。そんな常軌を逸している兄の行動や思考回路は全く読めない。
兄が帰ってくる朝、警察から電話がかかって来るかもしれないし、朝、テレビ中継で兄の旅館で凄惨な事件が起きたことを知るかもしれない。そういう兄殺人鬼パターンと、
「やっぱり舞じゃなくて同い年の美少女、
姫ヶ崎さんが良いと思って既成事実作ってきました」
なんて姫ヶ崎さんの肩を抱き、旅行から帰ってくる可能性だってある。兄心変りパターンだ。
「監禁するしかなくない……?」
もう、あの惨劇の一夜から二年が経っているけれど、念には念をということがあるし……姫ヶ崎さんいるし。でも、兄は同窓会、楽しみにしてるかもしれない。話す時楽しそうだった。
いっそついて行くとか? なんて考えたけど、迷惑にしかならない。
「とりあえず、様子見るか……」
私はとりあえず、兄の不在の時、兄の部屋へ忍び込むことを決意して、リビングを後にした。
◇
兄が同窓会旅行へ向かうまで、あと一日に迫った土曜日。正午。
両親は朝に二人とも出かけて行き、帰りは夜。兄はさっき大学へ出かけた。研究発表の準備があるらしい。
そう……、今日は絶好の忍び込み日和だ。
目的はただ一つ。兄の部屋の本棚のにある、二段目の中身の確認。
そこは扉が取りつけられ、兄以外は開けられないようになっている。「さよ獄」で、黒辺くんが、見せられない残酷動物虐待日記、刃物殺傷性能を高めたエアガンをしまった箱を隠している場所。
いわゆる、やばいものを隠している箱をさらに隠している場所、パンドラの箱だ。
「さよ獄」で黒辺くんは、惨劇の一夜を起こすにあたり、そこに凶器や色々を隠し持っていた。
もし二週間後に惨劇を引き起こすつもりなら、間違いなくそこに凶器を隠しているはず。もしそうなら私は兄が帰宅してから旅行終了までの間、閉じ込め、部屋から出さない。さらに危ない凶器も一旦私の部屋に引っ越しさせ、この間私が作った目がレーザービームのように発光し、ボタン操作でロケットのように飛ぶひな人形をぎっちぎちに詰めておくしかない。発射も辞さない。
同級生は無事に同窓会をして、兄は私とここで過ごしてもらう。二年前は失敗したけれど、それは兄が元々私を監禁しようとしていたからだ。
つまり計算が最初から間違っていたことによるもの。兄が惨劇の一夜を起こそうとしているなら、失敗することはない。完璧である。
兄の部屋の鍵をピッキングツールならぬマイナスドライバーで開き、兄の部屋に突入する。相変わらず物が少なく、生活感が感じられないモデルルームのような部屋だ。机と椅子、本棚、クローゼット、タンス。のみ。何も知らないなら綺麗な部屋で済むけど、兄は絶対「とりあえず周りの価値観に合わせてやるか、興味ないけど」くらいの思考で部屋の配置をしているはずだ。それなのに私の部屋より整っている。ずるい。私の部屋は兄の驚きグッズで圧迫されているのに。
一歩踏み出すと、ベッドの上にぬいぐるみが置いてあるのが見えた。
この間私がプレゼントしたスイッチを押すと永遠にしゃべりだすぬいぐるみだ。無機質な雰囲気を破壊するようにベッドの上の中央に鎮座している。
あれを渡したとき、「舞の声のピッチ下げたやつ?」と馬鹿にしたような笑い方をしていた。馬鹿にされているといえど、嬉しさもあった。当時の笑顔を思い出しながら、本棚の前に立つ。
そこにはやっぱり細工してある扉が二段目に取りつけられていた。
けれどこれが取りつけられたのは三年前。惨劇の一夜をしなかったからといって、取り外すものでもない。便利だと思うし。
問題はその中身だ。この中に刃物とか、変な日記さえなければいい。鍵のかかった人のものを開くのは申し訳ないどころが犯罪だけど、兄や、約四十人の兄の同級生の命がかかっている。ここは心を鬼にして、いざ開錠に取り掛か……。
「なにしてるの、舞」
今、この場に居ないはずの、兄の声が真後ろから聞こえる。おかしいな。兄の作った朝食を食べているときに大学に行くって言うから、わざわざ駅まで見送って、むしろ改札まで見送って、厳重に確認したはずなのに。
「ここが気になるの?」
後ろから鍵を持った手が伸びて来て、慣れた手つきで、開けようとしていた鍵穴に鍵を差し込み、回す。その手がそのまま、パンドラの箱の扉を開いた。
そこにあったのは、物騒は物騒でも、手錠や鎖などだった。ナイフとか、改造したエアガンとか、拷問具みたいなものは一切ない。
「なにこれ」
「俺の手錠と鎖は、処分しなくてもいいかなってここに、父さんと母さんが間違ってみたら驚くだろうから。ついでに舞が俺を監禁しようとして買ったのも入れておいたんだよ」
「えぇ……」
「便利なんだよね、見られたら面倒なもの入れておくには」
「なるほど、じゃあ、私はこれにて退散」
しようとすると、兄の手がぽん、と肩に置かれた。
「居なくなる前に教えてよ、どうして部屋に入ろうとしたか」
兄の声の温度が、著しく下がる。それでいて、どこか楽しそうだ。駄目だこれ。良くないスイッチが入ってしまっている。なんだか、頭がくらくらしてきた。
「この中のもの、き、気になって」
「へえ、じゃあ、お礼にこれから舞がどんな目に遭うか教えてあげなきゃいけないね」
「は?」
「おやすみ、舞」
そう言って、兄は笑う。強烈な睡魔が襲ってきて、私はぼんやりと今朝のご飯が原因だと気付きながら瞳を閉じたのだった。
◇
頭が、なんとなく重い。ぼんやりと目を開いて、眠る前の兄の所業を思い出した私は、はっとしてベッドから起き上がった。すると見えた景色は、見慣れない光景で、茫然とした。
「え、どこ、ここ」
本当に、知らない部屋だ。壁紙は真っ白、床は畳で、広い。日本家屋みたいな、旅館みたいな場所だ。私が今いる布団も、知らないものだ。
え、これ誰の布団?
周りを見て壁掛け時計を確認すると、朝の七時だ。日付は旅行出発当日。ということは、今まさに兄は同窓会へ向かっているはず。
「お兄ちゃん?」
周囲を見渡し、声をかけてもしんとしたままだ。
え? お兄ちゃんが何かしたんじゃない?寝てる間にどっか転移したなんてあり得ないし、何これ?
とりあえずベッドから身体を起こすと、「起きたんだ」と酷く無感動な声が聞こえてきた。
声の方へ勢いよく振り返ると、今まさに助けねばと思っていた兄が立っていた。兄の傍らには、キャリーケースがある。
「……やっぱりお兄ちゃんの仕業か」
「そうだよ、賢くなったね。
一昨年は何で何でってパニックになってたのに」
兄はキャリーケースを部屋に入れ、こちらに向かってくる。あれ、予定では、集合時間では?
「お兄ちゃん、ど、同窓会旅行は?」
「同窓会なんて行ってどうするの? 舞はわざわざ雑音聞きに旅行するの?」
しれっとした顔で、同窓会を、雑音呼ばわり。でも、嬉しそうにしていたのは、一体何だったんだ?
「だって、あんなに楽しそうにして、もうすぐ同窓会だって」
「まあ、行くように見せかけてたからね」
「見せかけ」
「元々計画してたんだよ、馬鹿に同窓会旅行開かせて、そこに行くふりして、舞とゆっくりしようって」
「……は?」
「流石に親二人に舞と二泊三日どっか泊まるって言ったら、何か煩わしいこと言い出すだろうし。俺は同窓会、舞は塾の夏季合宿行ってると思えば、あっちも気楽でしょ? だから行くふり。楽しみにしていたのは、こっち」
兄が、下に向かって指を指す。なに夏季合宿って、塾なんて行ってないし。っていうか勉強は全部兄に教えてもらってるし。それは兄が一番よく知ってるはずだ。
「え? 夏季合宿って何?」
「結構簡単に信じてたよ。夏季合宿の振り込みは俺がしたって明細見せて、去年は俺が受験があって旅行行かせてあげれなかったから、受験の時支えてくれてありがとう、志望校に受かったのは、家族のおかげだよって旅券渡したら泣いて喜んで、すーごい滑稽だった」
滑稽すぎると、心配になるよね。なんて付け足しながら、兄は笑っている。
「今朝は、戸締りも舞を起こすのも俺が全部するから、早めに行って外で朝ごはん食べてくれば? 一応雑誌で話題のカフェ予約したんだけど……って言えば、すーぐ出て行ったよ」
淡々と話す声色。言い方さえなんとかできれば、ほのぼの話なのに。でも、本当に滑稽だと兄は感じている。
血のつながってない母のほうならまだしも、父は兄としっかり血が繋がっている。にもかかわらず、兄はある意味平等に両親に対し興味が無い。私の前では「親二人」とか、そういう言い方をする。
「私、お父さんからもお母さんから、夏季合宿のことなんて一言も聞いてないよ……?」
「俺も親二人も旅行なのに、舞だけ夏季合宿っていうの、やっぱり本人も気にするだろうから言うのやめればって言ったし、何かあれば話を逸らすよう仕向けたから当然じゃない?」
気が遠くなる。どこまで、どこまで状況の支配に長けているんだ、兄は。もう、この話やめよう。
「えっと、それでここ、どこですか」
「それはね……」
聞こえてきた言葉に絶句した。隣の県とかだと思ってたけど、そんなレベルじゃなかった。もう兄の行動が予想外過ぎてもう逆に落ち着いてきた。
「着替えとか、色々用意してあるよ、あんまり使わないと思うけど」
「使わない? 何で」
「別に、ただ旅行するわけじゃないから」
兄が、じり、とにじり寄ってくる。何だろう、嫌な予感というか、最早嫌な確信がする。
「俺、もっと舞に執着してもらいたいんだよ」
「……はい?」
「さっきから聞き返してばっかりだね、舞だからいいけど。……姫ヶ崎のことって言ったら、分かる?」
兄が、私の手首を掴んだ。ゆるく握ったり、離したりをくりかえして、完全に弄んでいる。しかし様子をうかがっていると、ぎゅっと握りしめた・
「三年くらい前だっけ、勉強会? 茶番の後、あれに告白されたって言ったら、舞、応援するみたいな反応したでしょ? だから、三年経ったら何か変わってるはずだって、同窓会行ってほしくないって言ってくるの期待してたんだけど……」
こちらを冷えた目で見る兄。あの時私は、表向きは全く気にしないふりをして、ささっと退散した。
「身勝手なのは自分でも分かってるよ、でもさ、舞には、俺が居なきゃ生きられなくなって欲しいんだよねぇ……」
ものすごく、犯行予告を聞かされている気がする。これ、結構まずいやつなんじゃないか。これ、危ないんじゃないか。
「だから、ただゆっくり旅行するんじゃなくて、俺がいないと駄目になるように、変わってもらいたいと思ってるんだ」
「……それは、犯行予告的な……」
「はは、そういえば一昨年も殺されるとか言ってたね」
兄が、どんどんにじり寄ってくる。背後はいつの間にか壁で、すり抜けることは不可能だ。完全に、追い詰められた。
「大丈夫だよ舞」
どんどん、兄の顔が近づいてくる。その瞳は昏くて、でも、その深い底から黒辺くんよりずっと、ぎらぎら鋭い光を放っているように見えた。
「舞だけは、生きて俺とずっと一緒にいてもらうんだから」
距離が、ゼロになった。
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