受け継がれる罪咎

談儀祀

■■■■■■■■

『やがて誰しもが迎えるのは、死という現実である。

 誰もが逃れられない、これは言わば世界の枷であるとも言える。(中略)

 死と相見えるに当たっては葬送を行うことは、人体の腐敗を防ぐことも含めて重要な儀式であると言えるだろう。

 多くの土地では土葬や火葬、水葬が主流であるが、中には鳥葬のように遺体を他の生物に食わせるものも存在する。

 そこには、今まで暮らしてきた自然に感謝するとともに、その魂を天まで届けて欲しいという願いが込められているのだろう。』


『生と死を廻る回想譚』談儀祀


―――――――――――――――――――


『白昼の惨劇 のどかな村で一体何が

 八月二十五日の昼頃、■■村の神社近くで少女の遺体が発見されました。

 少女は死亡後に損壊されたとみられ、■■県警は死体遺棄・損壊の疑いで近所に住む十五歳の少年から事情を聴いています。

 また、村では数十年に一度の間隔で行方不明者が出ており、警察では少年の背後に何者かがいるとみて捜査を進めています。』


―――――――――――――――――――


一.


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。


 幼いころの僕の記憶は大きな鳴き声から始まる。

 普段は静かな境内をけたたましく揺らすその声は、今になって思えば鴉の鳴き声だったのだろう。当時の僕はまだ三つになったばかりという幼さで、それを鴉だと認識することはできていなかった。

 あまりの騒々しさに縁側に出た僕の視界を覆ったのは、空一面を覆い隠すように広がる黒だった。


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。


 悲鳴のように繰り返されるそれは、やがてある一点を中心に収束していった。

 陽の光さえも遮り、耳をつんざくばかりの声量に顔をしかめた僕は、いかにも不満そうに駄々をこねようとしたに違いない。よせばいいのに玄関へと歩いていったのだろう。

 正直なところそのあたりの記憶はおぼろげで、僕の記憶として印象に残っているのは三つだけだ。

 鳴りやまない悲鳴と、

 脈動する黒い翼、

 そして。


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。


 声量が一段と増した気がして、そして直後に不意にやんだ。

 きぃん、と耳鳴りがして僕は一層不機嫌になる。

 祖父に泣きついてでもすぐにやめさせなければいけない。そんなことを考えていたに違いない。

 その祖父は、もう肉片になっているというのに。


 開け放たれた玄関の向こう側から、鴉たちが僕を見ていた。

 濡羽色の瞳がいくつも、僕を見ていた。

 足元には真っ赤になって鉄の匂いを漂わせている祖父。

 衣服は散り散りになって、その下の赤黒い中身を晒してしまっていた。


 ぎゃぁあ!


 祖父の上に乗っていたひときわ大きな鴉が、僕を威嚇するように――あるいは狩りの獲物を見つけたとばかりに吠えた。するとあたりからも一斉に、鴉たちの輪唱が始まった。


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。


 僕の記憶は、ここで途切れている。


弐.


『僕の記憶は劣化するだろう。それは人間として生まれた以上逃れられない定めだ。諦めるほかない。

 だが、この記憶に関してだけは、決して失いたくはないと僕は思うのだ。

 これを失ってしまえば、僕はたった今この瞬間どうして僕であるのかという理由すら見失ってしまうことになるのだから。

 だから、僕がこれを残すことには意味がある。

 やがてこの記憶が薄れた僕が聞きなおすこともあるだろう。

 僕とは関係のない人が聞いて、警察に提出するかもしれない。それならそれでいい。

 こちらも見つからないようにするだけだ。


 さて、ここまでけったいな前置きをしてまで、僕が何を言いたいかというと、それは僕の犯した罪を告白することだ。

 懺悔ではない。露悪趣味でもない。

 僕が、今この時どうして罪を犯したのか、それを残しておくためだ。

 僕には、今この瞬間感じていることを残しておく義務があるのだと思う。

 誰に対する義務かと言うと、それは未来の僕に対してのものである。


 未来の僕へ、聞いているか。


 これは僕が僕のために残す犯罪記録だ。

 この時の悦楽を、興奮を、これを聞くことで少しでも思い出してくれるのなら、今の僕にとってこれ以上のことはない。

 さぁ、では始めよう。

 僕の物語は、廃れきった廃村にある唯一の公立中学校、そこで出会った■■との出会いから始まる』


三.


 彼女と出会ったのは決して偶然や奇跡の類ではなかった。

 どちらかと言えば必然で、それは単にこの寂れきった村には学校が一つしかなかったからという単純な理由だった。

 そのたった一つの学校も、まもなく廃校が決まっているというありさまで、そもそも学生が二人しかいないのだから、分校とはいえよくもまぁここまで持ったというべきなのだろう。

 だから、彼女が転校してくるまでは僕一人が学生だったわけで、気が遠くなるほどつまらなかったのだ。

 家の手伝いがあるから他の友人のように町の学校に行くこともできず、僕はただひたすらにつまらない日々を過ごしていた。

 だから、彼女が転校してきたときには本当に喜んだ。

 決して物語に出てくるような美少女というわけではなかったけれど、僕にとってそれは問題にはならなかった。

 友人が一人いるだけでも僕にとっては別世界に来たかのような生活が待っていた。

「なんて、当の本人に言えるわけもないけどね」

「何か言った?」

 僕の些細な独り言に彼女が反応する。そんな些細なことで幸せを得られるあたり、僕は小さい男なのかもしれない。

 あるいは、追いつめられていただけかもしれないけれど。

「いや、なんでもないよ。家の近所に鴉がたくさんいて、どうしようかなって考えていただけだから」

「あぁ、神社の御神木のあたり、多いもんねえ」

 神社というのはこの村にある唯一の神社で、樹齢ウン百年とかいう御神木をお祀りしているところだ。そして、僕の実家はその神社。

 一応これでも、僕の家は神職をしている家系なのだ。

「やっぱり、少し手伝おうか」

「いや、大丈夫。僕も長いことやってるからね」

 彼女は心配そうな顔をしながらも引き下がってくれる。

 こういう心遣いと距離感の測り方に長けているのは彼女の大きな魅力だと思っている。

 両親も級友もいない僕にはああいう付き合い方は少しばかり難しい。このやり取りをするのでさえ、結構な日数をかけて頑張ったのだ。

「じゃあ、また明日」

「ああ、また明日」

 あんなふうに笑顔で言われたら、どうしようもないじゃないか。

 どうしようもなく――


死.


『どうしようもなく――死を見てみたくなった。

 そこに理由なんてない。きっと世間ではこんな時に恋に落ちるのだろうけれど、僕はそうではなかった。それだけのことだ。

 宗教家として最も願ってはいけないことを願っているというのは理解していた。

 だからなんだというのだろうか。

 父も母も祖父母も皆、僕のことを見てはくれなかった。

 ただ「かくあるべし」を叩き込まれただけで、僕はそれを条件反射のようになぞっていただけだった。

 父のように、厳しく躾けられたから身も心も清廉潔白などとはいかなかった。


 僕は彼女を殺したい。


 そして、看取りたいのだ。彼女が連れて行かれるところを。

 そのためには火葬されるなどというのはもってのほかだった。

 この目でしっかりと実物を見れる状態で、彼女を殺す。

 見送る方法は決めていた。何年も前から準備をしてきたのは無駄ではなかった。

 なぜそんなことをしているのかわからなかったけれど、今日この日のためだったのだと、その瞬間に理解した。


 幸い、僕の決心は早かった。

 だからかなり早い段階から計画を練ることができたし、準備も入念に行った。

 彼女は二、三日の間であればまず見つからないだろうし、その日数を稼ぐための夏休みも近かった。

 資金は賽銭箱からくすねることができたし、決して無謀な賭けと言えなくなっていた。

 だから僕は実行することにしたんだ。


 決行は、お盆過ぎの火曜日だった。』


五.


 教育熱心とは言えない分校の教師もたった一つだけいい点があって、それは長期休暇の宿題を山のように出してくるということだ。

 要するに、夏休みの間はこれで勉強させたから、というポーズなのだ。

 それを捌くために僕は毎年それなりの努力を要しているし、僕が彼女を誘う理由にはもってこいの理由にもなった。

 僕は夏の終わりに、彼女を勉強会に誘うことにした。

「それにしても、本当に多いのね……。ここの宿題は」

「あぁ、毎年こうでね……。本当参るよ……」

 他の科目はともかく、数学の問題集が二冊も三冊も出るのは勘弁していただきたい。ただでさえ得意ではないから、どうしても後回しにしてしまうし。

 彼女もそれは同じようで、こうして集まっても数学の問題集ばかりやっているような気がする。

 決して難しいものではないのと、答えがついていることだけが救いだ。

 やがて答えを写すことにも飽きてしまったのか、彼女はちらちらと机の方へ視線を送りだした。

「なにかあった?」

「ええ、いや。……そういえばさ、さっきから気になってたんだけど、それなに?」

 彼女が指差したのは抱きかかえられるぬいぐるみほどの大きさの機械だった。

「あぁ、それはラジカセだよ。ラジオと、カセットテープのプレイヤーの複合機。CDも聞けるよ」

「カセットテープ……?」

 彼女はカセットテープの存在も知らないようだった。

 確かにお店じゃほとんど見かけないし、僕が探した時も見つけるのに苦労したけど……。

 今やCDの方が圧倒的優勢だし、下手するとスマートフォンで音楽を落とす方が身近かもしれない。

 僕は彼女にラジカセの機能について一通り説明すると、彼女はぜひ一度試しに聞いてみたいと言い出した。

「そうだね、疲れたし休憩ってことで。ちょっと飲み物も取ってくるよ。麦茶でいい?」

「うん、お願い」

 僕はラジオのボタンを押してからアンテナを調整し、彼女がラジオを聞き始めたのを確認してから、下階に降りる。


 飲み物には、少しだけ細工をすることにしていた。


陸.


『睡眠薬で眠らせた彼女を、僕は境内の裏にある森へと連れ出した。

 森は広く、ご神木があるから人も滅多なことでは立ち入らない。

 こういうところで遊びたがる子供たちも、村からかなり外れたところにあるこの森へはやってこない。


 隠し事をするにはもってこいの場所だった。


 僕は彼女を土の上に寝かせると、ぴゅいと口笛を鳴らす。

 ばさばさという音がすると同時に、僕は彼女を揺り起した。


 ぎゃあ、ぎゃあ。


 あたりに響き渡る鴉たちの喚き声がうるさい中で、彼女は自分がどうしてここにいるのかが分からないみたいだった。

 それもそうだ。彼女にとってみれば少しうとうとしたら森の中にいたようなものだし。

 僕の衣装が普段着から正装に変わっていたのもその一因だったのかもしれない。

 僕は葬送をするとき同様、鈍色の衣冠を着ていた。


「なんでそんなに畏まった服装に」というわけだ。

「僕が連れてきたんだよ」と僕は言った。


 格好よく言ったつもりでも噛み噛みだった。

 気分は昂揚していたから全く気にならなかったけれど、彼女にその言葉は伝わっていたのだろうかと今ではちょっと思う。

 彼女はうまく動けない体を必死に動かそうとしていたようだった。

 その姿からも少し焦っているのが分かった。


 彼女が聞きたいのは何だったのだろう。

「なにが起こったの?」か、

「どうしてこうなったの?」か、

「これからどうなるの?」か。

 たぶんどれも当たりだったと思うのだけど、そのどれにも僕は答えてあげるつもりはなかった。

 自分の状況も、これから行く先も理解できないという絶望は人を輝かせるというのが僕の信条だ。


 僕に質問を拒絶されたその瞬間の彼女の表情は、筆舌に尽くしがたい魅力を持っていた。

 絶望と疑問と拒絶とを混ぜ合わせてぐちゃぐちゃに煮込んだようなあの表情。

 僕はそれをじっとりと楽しんだ後、メインディッシュをいただくことにした。

 もう、これ以上は待ちきれなかった。


 口笛をぴゅいと鳴らせば、鴉たちはいっせいに彼女に向かって嘴を突き出した。

 嘴が肉に差し入れられる湿った音、彼女の鋭い悲鳴、ざわざわと蠢く鴉の群れ、絡みつく彼女の髪。

 どの要素をとってもその絵画は芸術的だった。

 赤黒く染まるキャンパスが、僕の心を映しだしている。

 誰にも見せることができなかったこの感覚を、こんなにも無防備に晒している背徳感は、どうしようもなく魅力的だった。


 あっという間に彼女の悲鳴は弱々しくなり、やがて彼女は痙攣するだけになった。

 鴉たちは自分たちの欲望の赴くままに嘴を突き入れる。

 ぶちゅり、ぐちゅりと湿った肉の匂いに合わせて、鉄と動物の匂いが蔓延した。

 飛び散った血を舐めれば、彼女の血潮の暖かさはもう残滓しか感じ取ることはできない。

 その姿を見ながら僕は興奮を覚えていた。

 人が死ぬということ、人を送り出すということ。

 神職でありながら忌むべき行為を行うという背徳感に僕は呑まれていた。


 ――何よりも、彼女が逝く姿はとても美しかった。


 白い肌に鮮血が赤く映え、開かれた瞳孔が鋭い嘴で潰される姿には興奮を覚えるしかなかった。

 あぁ、その瞬間。僕は間違いなく世界で一番幸福でした。そうだろう? 未来の僕。

 それから、僕は三日かけて彼女の肉体から肉を剥がし切り、残った骨を粉々に砕いて、森に埋めた。


 遺体は、見つからなかった』


七.


『これが、僕の告白だ。

 そこにいる僕、あるいは僕以外の誰か。僕の見た景色は想像できただろうか。

 もしできなかったとすれば、本当に申し訳ない。僕の力不足だ。

 ただ、僕が聞いたのであればきっとあの時の興奮を、劣情を思い出してくれるだろう』

 僕が何度も繰り返し聞いたテープが再生される。

 幼少のころから繰り返し聞き続け、幾度かのダビングを経てすっかりかすれてしまった祖父の声を、決して聞き逃さないように耳を澄ませる。

 僕の祖父は死んだ。死因は鴉に食われてだ。その光景を覚えている。

 僕とこのテープを聞いて気が狂ったかのように叫びだした祖父は、家の外に飛び出して口笛を鳴らした。

 ぴゅいいいい、祖父の狂気を表すかのように長く、長く吹かれた口笛は、鴉たちが集まってくるとあっという間に聞こえなくなった。


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。


 あまりに煩い鳴き声と翼の音。そして、鴉たちに覆われる祖父の姿。

 僕はそのまま祖父を看取った唯一の人間だった。

 あれを見てから、僕の心の中の嗜好は捻じ曲がってしまったのか。

 いや、きっと元からだったのだろう。祖父の一件は、きっときっかけにしか過ぎなかった。

『できればこれが、あっという間に警察に見つかったりしないといいと思う。疲れ切った僕が、このテープを聞いて元気を出してくれることを、切に願う』

 僕は彼女を引きずって、森の奥まで来ていた。彼女はすでにぐっすりと眠っている。

 僕はあのテープと同じように彼女を横たわらせる。

 雨降り後の湿った土の香りが鼻腔をくすぐる。

 蝉の声が森の中で反響して、ただでさえ暑くて不快な空気を震わせる。

 ざり、ざりと僕の足音だけに耳を澄ます。

 祖父とは違って、僕は正装をしていない。

 代わりに幣と、解体用の大鉈、最後に埋めるためにスコップを持ってきていた。幣は雰囲気作りだ。

 きっと祖父にとっての正装も同じような理由だったのだろう。

 僕が彼女を横たえてから少し離れるころには、どこから嗅ぎつけたのか鴉たちがたくさん集まってきていた。森がざわりと暗くなる。


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。


 翼の音を掻き消さんばかりに張り上げられるその鳴き声は、勝鬨か、あるいは獲物を得て喜ぶ嗜虐者の嗤いか。

 僕にはどちらか判別することはできなかったけれど、彼らも喜んでいることだけはわかる。


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ。


 鴉たちの鳴き声が僕を急かしてくる。

 僕はじっとりと彼女を見つめた後、口笛を鳴らした。

 ぴゅいい、あのカセットテープの音よりもずっと長く。

「さぁ、では始めようか」

 ぎゃあ、と一声大きく啼いた。


捌.


 鴉たちが彼女を啄み始めてしばらくすると、彼女はぴくりとも動かなくなった。

 血飛沫で顔をべたべたにし、衣服は原型を留めないほどずたずたになっているが、彼女はまだ彼女だった。さっきまでともに数学を勉強していた彼女だ。

 鴉たちは奪い合うように彼女の肉に嘴を埋もれさせる。

 飛び散った体液が、鴉たちの羽根を濡らす。

 彼女はやがて鴉たちの血となり肉となり、この世界を巡るのだろう。

 祖父の書斎にあった本によれば、鳥葬は葬送の中でも飛びぬけて「世界への還元」を孕んでいるのだという。

 世界へと還元された後はどこに行くのだろうか。まさか天国へは行けまい。

 とりとめのない思考を回しながら、僕は彼女の葬送を見守っている。

 参列者わずか一名の葬送は、この国では禁じられた鳥葬だ。ここにいるのは犯罪者と死体だけ。


 祖父もこの背徳的な状況を楽しんだのだろうか。


 彼女の死体は、あっという間に皮が剥がされていた。

 あちこちに散らばった皮は鴉たちが争うように啄み、またその目はすでに彼女の内臓へと狙いを定めている。

 僕はそこで一度ぴゅいと口笛を鳴らし、鴉たちを大人しくさせる。

 木の上に上った鴉たちの食いかけの血肉が、ぼとぼとと音を立てて落とされる。

 僕は彼女をしっかりと葬るために持ってきた大鉈をしっかりと握り直すと、それを彼女の肋骨に叩きつけた。

 ばきんと大きな音がして、彼女の肋骨がばらばらになる。

 血や内臓も飛び散るが、それは大きな問題にならない。

 僕は何度も鉈を彼女に振り下ろしては、鴉たちが食べにくいところを潰していった。

 もう一度ぴゅいと鳴らしてやれば、鴉たちは喜び勇んで降りてくる。

 彼女の肉を貪るために。


九.


 鴉による葬送は、三日目の朝には終わりを告げた。

 僕は鴉たちが彼女を葬る間、一度も目を離さずに見つめ続けた。

 これは鴉への餌やりではない。彼女という一個の生命体の葬送なのだ。

 彼女を見送った後、僕は近場に適当な穴を掘って彼女を埋葬した。

 僕だけしか存在を知らない、彼女の墓だ。


 彼女はこの下に眠っている。


 僕はあの日から、毎日ここを訪れている。

 ここに訪れては祖父のカセットテープを聞きながら、あの日起こったことをノートにまとめるのが日課になった。

 書きながら考えてみたことがある。

 どうして祖父は僕と同じことをしたのか。

 僕は祖父のカセットテープや書斎からヒントを得て彼女を埋葬した。

 もしかしたら、祖父も同じように誰かからヒントを得て実行に移したのかもしれない。

 だとしたら、僕の書いているこのノートもいずれ誰かの手に渡り、誰かを見送るための糧となるのだろうか。

 いずれにせよ、ノートは書き終わったらどこか見つかりにくい場所に隠すつもりだ。

 できれば僕自身も到底見つけられないような場所がいい。

 きっと僕が見つけたら、祖父のようになってしまうだろうから。

 今なら祖父の気持ちも少しだけ理解できる気がした。

 夏休みは、あっという間に終わった。

 彼女が失踪したことが一瞬だけ話題になって、すぐにその話題も消えてしまった。

 彼女の遺体は、まだ見つかっていない。


終.


 こそりと、祖父の部屋へと忍び込んだ。

 祖父は神主を長く務めたにも関わらず、奇書を集めるのが好きという変わり者で、僕は子供のころから祖父の本を借りては一日中読みふけるということを繰り返していた。

 そんな僕が入ることを厳しく禁じられていた祖父の部屋に入っているのは、単純な理由で祖父が死んだからだ。

 その最期は鴉に生きたまま食われるという凄絶なものだったという。

 たまたま旅行に行っていて、祖父の最後を看取ることは叶わなかった。

 だからこうして、祖父の部屋に忍び込んで何か受け継いでやろうという腹である。

 遺品の整理はこれからだから、きっと祖父の秘蔵のブツも残っているだろう。

 こそこそと忍び込んだ僕は、とりあえず机を漁ることにした。

「なんだこれ」

 開始早々に見つけたのは一冊の古びたノートだった。

 引き出しの中の隠し戸にしまわれるという念の入りようだったそのノートはくたびれ果て、紙も大分黄ばんでしまっていた。

 一緒に入っていたカセットテープは……、古すぎてもう聞けないだろう。

 僕は誰もこの部屋に来そうにないことを確認すると、古いノートを開いた。


 一ページ目にはタイトルが書かれていた。そのタイトルは『受け継がれる罪咎』――。

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受け継がれる罪咎 談儀祀 @M_Dangi

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