進化ラボ見学ツアー

真花

進化ラボ見学ツアー

 友人が「進化ラボ」を立ち上げたと招待状をくれたので、訪ねた。

「早速作品を見て欲しい、まずはダックスフンドの改良種『ダーーックスフーーンド』だ」

「名前から想像出来るわ。胴がさらに長いんだろ?」

「そこじゃない。長いのは前足だ」

「何でだよ!? 後ろ足は!?」

「オリジナルの短さ」

「横から見たら三角形! バランス悪!」

「伏せ、のときには腕が左右にびろーん」

「足引っ掛けるよ! 何でそんな進化をさせたんだよ!?」

「ダックスフンドの眼を見ていたら、もっと長くなりたいって、訴えているように感じて」

「じゃあ、胴を伸ばせよ!?」

「それ以前に後ろ足を伸ばすべきじゃないかと」

「そりゃそうだけど! 君が伸ばさなかったんでしょ!?」

「出来るんだけどね、敢えてしなかった。デザイン重視」

「聞くけど、君が言う進化って、こう言うのなの?」

「まだ安定してなくて、くるくるポン、で出て来ました、を今日はご紹介します」

「いや、進化ってそう言うものだけどね、もう少し恣意的なものがあってもいいんじゃないかな」

「大丈夫、そう言うのもある。じゃあ、次に進もう」

「いや待て。ダーーックスフーーンドの実物は?」

「あ、すまん、これだ」

 掛けられた布を引っ張って落とす。その中には腕の長いダックスフンド、いや待て。

「胴が短い!?」

「相対的にはそうなる」

「いや、チワワくらいしかないから。さらにバランスが! もうダックスフンドじゃないだろ!?」

「『長いと言うテーマ』の遺伝子は確かに受け継がれている」

「それは思想の話で、胴と腕のそれじゃない!」

「これが現実だよ」

「突き付けられてるの、俺じゃないよね!? 君だよね!?」

「これじゃあ世界は獲れない」

「世界の何を獲ろうとしてたの? 犬作って世界って、何?」

「品評会で度肝を抜こうと……」

「十分抜けるわ! 犬の改良じゃなくて、犬と他の生物の間の生き物作ってるからね!?」

 彼は檻の中に手を突っ込んで、生き物を撫でる。

「ティージ、お前は犬だよ、あの人が酷いこと言うけど、お前はれっきとした犬だからな」

「伏せると腕が左右に長くて、T字だよね? それでティージだよね?」

「Y字バランスしようとすると足が短すぎて腕が下を向く」

「犬が二足歩行でもすごいのに、片足立ちするの!?」

「ティージのバランス感覚は抜群だよ」

「お前のバランス感覚を先に養ってくれ」

「次は、進化したハエ、『ハーエー』」

「ハエの前足を伸ばすの? 顔を洗えなくなるよね?」

「名前を伸ばしたからと言って体が伸びる訳ではない」

「そりゃそうだけど、名前付けたの君だよね!? まさか、ハーレーに掛けて、バイクに乗るハエとか?」

「進化にダジャレは禁止でーす」

「じゃあ、何が進化したんだよ!?」

「羞恥心」

「羞恥心!?」

「ハエに羞恥心を持って貰った」

「貰ったって、教育課程に盛り込んだの!? ハエってそもそもこころあるの?」

「こころは、ない。だから、こころを作って、羞恥心を入れたら、羞恥心だけで100%出来たこころになった」

「どんなハエだよ!? 節操なく見境なくたかるのが強みじゃないのか!?」

「見て貰おう」

 また布をさーっと引く。その演出ってプライベートでするものなの? と言うか中にあるのは檻。普通にハエ逃げるだろ。

「何故、檻?」

「気分だよ。猛獣を隠す気分」

「猛獣なの?」

「いや、羞恥ハエは世界一安全な生き物だよ」

「概念と行動が背中合わせ!」

「まあ、見てくれ」

 数十匹いるハエがみんな壁の方を向いて、端っこに縮こまっている。

「羞恥心どころか、全てが恐ろしくて隠れている姿に見えるけど!?」

「違う。怖くはない。恥ずかしいんだ。全てが恥ずかしいんだ」

「自分の存在さえ?」

「恥ずかしい」

「空を飛ぶことも?」

「恥ずかしい」

「こんな自分を作った人も?」

「恥ずかしい。……んな訳ない!」

「こころ以外は何か変わったの?」

「羞恥心だけが彼らのアイデンティティ」

「そのアイデンティティこそが恥ずかしい、そうはなりたくない」

「次行こう。進化した万華鏡」

「生き物ですらない」

「これまでになかった機能を足したんだ」

「それは進化ではなくて改良だろ?」

「機械は子供を成せないから、それでも進化と呼んでいいだろ?」

「万華鏡って機械か?」

「道具も同じで。この万華鏡は、暗いところでも見られるように、中が光る」

 戸棚から取り出してポンと渡されたから、反射的に覗く。

 物凄い光。

「ぎゃ〜〜っ! 眼が!」

「おっとすまない、強になってた」

「自発的に拷問器具を使った気分だよ!」

「SなのかMなのか分からない状況だな」

「Lでlightで、SML、SMライト、ってドラえもんが出しそうで決して出さない道具!」

「弱にすれば、綺麗に見えるよ」

「じゃあ、何故調節機能を付けた!?」

「色々な楽しみ方が出来るように」

「強力光線は楽しみ方ではない!」

「次は、コレ。一家に一台」

 大きなボタンが中央というか上面の面積を殆ど占めている。

「何のボタンだ? まさかこれも拷問器具?」

「違う。これは『テレビ消し機』だ」

「リモコンじゃダメなの?」

「一家に一人はテレビを消したいガンコ親父がいるでしょ?」

「いねーよ。十世帯に一人も今はいないんじゃないのか?」

「娘はうるさいバラエティ、妻はくだらないドラマ、息子はガチャガチャしたアニメ」

「テレビ番組に恨みでもあるの?」

「そのときに、このボタンをガツンと拳で押せば、瞬時にテレビが消える!」

「それをリモコンと言います」

「一度押したら十分間は『消える』電波が飛び続ける。しかも半径十キロ以内の全てのテレビが消える!」

「期間も範囲も広過ぎだ! 近隣の家からしたら怪現象でしかない! どうしてそんなに強く!?」

「それがガンコ親父の望みだからだ」

「家庭外のテレビまで望んではいないよね?」

「もう彼はテレビを世界から消してしまいたいんだ。でも出来るのはスイッチを切ることだけ。だから、多少他の家が巻き込まれても仕方がない」

「仕方あるわ。せめて効果範囲を家の中だけにしてくれ」

「なお、ダーーックスフーーンドはこのボタンの電波を受信出来る」

「何で?」

「どれだけ吠えていても、伏せになって黙る」

「同じ機能搭載してるの!? ティーになるの?」

「そう。ガンコ親父は静かになった部屋でティータイムだ」

「絶対緑茶だ」

「テレビを観る全ての人にもっと羞恥心を持って欲しい。ハエでも獲得したんだ」

「ガンコ親父って、お前だろ」

「そうでなければ、万華鏡の強い光で折檻するから」

「やっぱり攻撃の道具!」

「俺の生んだ進化物は、今日のところはこれで全部だ」


 進化ラボを出てから、テレビ消し機はリモコンの進化だと言うことに気付いた。

 あいつは何がしたくて進化させているのだろう。やはりガンコ親父としての線が一貫性がある。古き良きアニメに出て来るような、和服に髭ハゲのガンコ親父。よく考えると子供が空き地で野球やっている時間に家にいるって、どういうことなんだろう。そういう風になりたいのか、もうなってしまったのか、帰路を歩きながら想うのは、彼がどう進化したいかだ。世代を跨いでないから変化と言うのが正しいのは分かってる。それでも、彼は進化をしようとしているのだ。ガンコ親父から、次の何かに。……イメージ出来ないけど、空は飛びそう。



(了)

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