第5話 出口

 ネットではすでに週刊誌の記事が噂になっていた。

 こないだ募集してたファン交流会じゃない? そう呟いている人もいたがそんなのはごく一部だ。

 一般人である彼女の顔は伏せられてあるので人物特定をされていないのが幸いだった。しかし彼女のSNSは更新されていない。

 僕に何が出来るだろうか。何も出来ない。



 次の月曜日、例の週刊誌に訂正記事が掲載されていた。

 先週の人気アイドル密会記事はファン交流会だったと。どうしていきなり。

 ネットでは「ほらね」という意見が結構あった。彼女のSNSも元通り更新されていた。岩塚くんへの想いを呟いている。


 その日の夜、僕は岩塚くんに呼ばれた。岩塚くんには迷惑をかけっぱなしだった。夜でも呼ばれたら行かなくてはならない。

 何を言われるのだろうと思って少しどきどきした。

 事務所の力をもって週刊誌に訂正記事を書かせた。そんなことを言っていた。

 これはある程度想定内だった。岩塚くんの事務所は日本一のアイドル事務所だったし、岩塚くんの人気はあのようなことで落ちるものでもない。

 しかし訂正記事はありがたかった。これで彼女も岩塚くんも心配事が減ったはずだ。そしてわざわざ僕を呼び出した事情は他にあった。


 岩塚くんは、僕の作った曲を気に入っていると言った。

 僕がファンのことを考えているという気持ちは本物だから、とも言った。

 僕は作曲が趣味で、自作の曲をネットに投稿していた。その能力でオーディションに合格したのだと思っている。

 先日、岩塚くんのグループに曲提供するチャンスが訪れて、岩塚くんに接触できたのだ。


「けど、次はないぞ」

 岩塚くんは笑いながら言い、爽やかに去った。

 岩塚くん自身も作詞作曲をしている。事務所が違い、ある意味ライバルの僕の曲を本当にまっすぐにほめてくれた。岩塚くんには決してかなわないと思った。



 十月になり、僕はアイドルをやめた。大学に戻ろうと思った。

 岩塚くんのしんの力を見てしまったからだ。岩塚くんは本物だった。


 彼女は元気を取り戻し、僕は作曲をする時間が増えた。

 岩塚くんのグループの新曲がラジオで初公開された。僕が作曲を担当した曲だ。

 新曲を聴いた彼女はSNSで「NTさんの曲かっこいい」と呟いていた。NTは僕の作曲する時の名前で単に本名のイニシャルだった。

 次の日のラジオで初公開されたカップリング曲も僕の作品だった。

 その日も彼女は「NTさんの曲、これもかっこいい」と呟いていた。


 僕はアイドルをやめたが作曲者として有名になりつつあった。アイドルファンからのフォロワーが増えた。

 新曲が発売されると僕のSNSには感想がたくさん届いた。

「素敵な曲をありがとう」

「明日を乗り切るパワーをありがとう」

「寄り添ってくれてありがとう」

 ありがとうが多い。不思議だ、ありがとうはこちらの台詞ではないかと思う。


 そういえばアイドルファンはよくアイドルや企業やレコード会社にありがとうと呟いている。自分たちが一番お金を使っているのにありがとうと言う。

 アイドルが出演したテレビ局に、作曲者に、他のファンにありがとうと言う。

 恐らく大半の人がアイドルに会わずに人生を過ごすはずだ。ライブでアイドルの目の端に映ることはあるかもしれないが。

 それでも常に周りに感謝の言葉を表している。どういう気持ちなのだろう。

 僕はアイドル活動をしていた時、何を考えていただろうか。

 彼女のことばかり考えていた。彼女の記憶ばかりだ。僕はアイドルが出来ていなかった。


 十二月、寒くなった頃冬休みに入った。

「隆さま、お食事です」

 メイドに声をかけられ、長い階段を下りて食堂へ行く。

 長いテーブルに両親と兄と姉がいた。言い忘れていたが僕の家は金持ちらしい。

 あのアイドル事務所の株も買おうと思えばいくらでも買える。

 しかしそれは親の権利。いつまでもそれに頼っていてはいけない。

 僕は自力でオーディションに合格した。自分で曲を作ったしそのための機材も自分で買った。

「大学を自由に休んで時間を自由に使えるのはだんな様のおかげですよ」

 このメイドの言葉は耳に痛い。しかし事実だ。

 今日も両親とメイドたちに感謝をして曲を作ろう。

 今度は僕自身と彼女が会えますように。

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果物アイコンとアイドル 青山えむ @seenaemu

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