第4話 不穏

「失礼します」


 よく通る声と共にドアが開いた。

 立ち上がる彼女。岩塚くんが部屋の中を覗くように入って来る。

 彼女を見つけた岩塚くんは笑顔で彼女に近づく。


「初めまして、岩塚いわつか洋次郎ようじろうです。今日はお会い出来て嬉しいです」

 彼女をまっすぐに見つめて、自然な笑顔を繰り出す岩塚くん。


「あ……初めまして、栗林くりばやし美波みなみと申します。私こそお会い出来て嬉しすぎます」

 彼女は驚きの方が強いようだった。

 あんなに恋焦がれた人物が目の前にいるのだ。

 雲の上だと思っていた人、加えて尋常ではない美しさの人間。

 嬉しさよりも驚きや感動が勝っているのだと思った。


「ではお二人とも、椅子におかけになって……」

 岩塚くんと彼女はお互いの名前を言い合ったあと会話が続かなかったため僕はとりあえずそううながした。


 僕は仲介役として彼女を紹介した。

 彼女のプロフィールはアンケートの名目で事前に聞いておいた。アイドルとアニメとファッション・美容が好きなのは知っていた。新たに会社員ということが解った。


 岩塚くんもアニメが好きなので、アニメの話題を振ってみた。

 けれども彼女はうまく話せなかった。

 僕が話題を提供出来るネタはすでに品切れした。ファッションや美容関連は好みが被らないだろう。僕は焦り、必死で考えた。

 岩塚くんが会話を続けた、さすが。

 しかし彼女は少しだけ笑いすぐに下を向いてしまう。それの繰り返しだった。


 僕は二人を見ているのが辛かった。彼女が悲痛だった。

 途切れ途切れ、気まずい会話が飛び交う。沈黙の連続はかろうじて避けられた、そんなレベルだった。


 そうしているうちに時間が来てしまった。お別れの時間だ。

 助かったという気持ちとえらく申し訳ない気持ちだった。

 彼女は岩塚くんと別れ、僕は彼女と別れる。


「そろそろお時間です」

 スタッフの言葉に、彼女の表情が一気に落胆した。

 彼女はきっと何かを言いたいのだが、言葉が出てこないのだ。どうしよう、何を言ったら正解なんだ?


「今日は会ってくれてありがとう」

 岩塚くんが先に口を開いた。


 スタッフが彼女を玄関まで送って行き、部屋には僕と岩塚くんだけになった。僕は二人の会話を盛り上げることができなかったことを謝罪した。


「もっとちゃんと企画内容を詰めてくれないと。ファンにあんな顔させちゃ駄目だよ」

 岩塚くんはいつもより少しだけ厳しい表情で言った。

 ファンにあんな顔をさせてはいけない。笑わずに困ったような顔。

 確かに岩塚くんは会話を盛り上げようと努力していた。

 僕は二人の会話のじゃまをしないほうがいいと思い、結果的に見ているだけだった。

 僕が悪いのだ。企画者は僕なのに、精神力を含めた労力を一番使ったのは岩塚くんだった。


 彼女は確かに岩塚くんに会いたかった。会いたい気持ちが強かった。

 しかし【会いたい】なのだ。実際に【会う】という選択肢はごくわずかの可能性でしかなかったのかもしれない。

 岩塚くんは常に夢を提供する仕事。現実に存在しながら夢の世界と時間を作り上げ、現実に影響を与えることが出来る人物だ。

 そしてここは、僕が用意しただけの現実。

 僕は彼女がこの現実に来るまでの順番と、彼女の気持ちを考えていなかった。


 彼女のSNSは更新されなかった。僕はさらに申し訳ない気持ちだった。

 しかし大丈夫、手は打ってある。月曜日になれば解る。



 月曜日、僕は事務所に呼ばれた。あの日、彼女と岩塚くんが対面した日の写真が週刊誌に載っていたのだ。

 これは僕が仕組んだことだ。ファンとの交流会を開いたという事実を広めてもらおうと思い、有名な週刊誌に電話しておいた。

 結果、事務所にとても怒られた。許可をとらずに週刊誌と連絡をとっていたことをだ。

 ペナルティとしてしばらく僕のアイドル活動は休止にすると言われたが、それはどうでもよいことだった。


 問題は週刊誌に掲載された内容だった。

 彼女と岩塚くんのツーショット写真に【人気アイドル密会!?】とタイトルがついていた。


「これは……」

 実際は僕もスタッフもいたのに。彼女と岩塚くんが二人だけになった瞬間は一度もない。僕はすぐにそう訴えた。

 しかし事務所が言うには、写真を撮る角度や加工でいくらでも編集出来るらしい。

「これがあいつらのやり方だ、お前はおとなしくしていろ」

 何も言い返せなかった。

 

 僕は週刊誌に抗議した。

 ファンに優しいアイドルというテーマだと言ったはずです。ファンとの交流会だと。

「そうだっけ?」

 記者はそう言っただけだった。僕はだまされたのだ。

 いつもパソコンに向かっていただけの僕は世間知らずだった。

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