第3話 交流

 企画当日、僕が玄関まで彼女を迎えに行きたかったがそれはスタッフの仕事だった。僕は岩塚くんに挨拶をして、慎重に段取りの説明をした。


 事務所は違えどキャリア的には岩塚くんの方が先輩なのでとても気を遣った。けれども岩塚くんはとても良い人だった。

 僕の企画の穴を指摘して「ここはどうする?」とまるで自分が企画者のように真剣だった。本気だ、この人は本気なのだ。ファン一人と会う短い時間のために、本気で取り組んでいる。


 僕は自分の兄を思い出した。兄は医者をしている。少しでも疑問があるとすぐに確認をする。解るまでしつこく。人の命に関わる仕事をしているのだから当然だと思っていた。けれども兄の言い分は違った。


 人間一人の命。それはその人の家族や友人、周りの人にも関わる。決して一人だけの命ではない。とても重要なことだと言っている。

 兄は命、そして人間というものをとても尊重している。兄にかかった患者は幸せなのではないだろうか、そう思った。


「中原くん、どうしました? 大丈夫ですか」

 岩塚くんに自分の名前を呼ばれた。しまった、意識が違う方向へ行っていた、申し訳ない。


「初めての企画ですもんね、僕も協力するので成功させましょう」

 岩塚くんは僕を気遣った。本当に本物だ。良かった、彼女の選んだアイドルは本物だ。


 企画を立てて良かった。彼女を選んで良かった。同時にこの企画に応募した他のファンのことが一瞬頭をよぎった。

 岩塚くんは本物だ。それを多くのファンが認めて知っている。

 岩塚くんに会えるかもしれないと思うと、ファンは今回の企画に相当な想いをこめて応募するだろう。

 その何万人に一人の当選者を自分の気持ちで選んだ僕は身勝手なのではないだろうか。


「当選者はどうやって選んだんですか?」

 岩塚くんに聞かれた。僕の頭の中を読まれたのかと思った。どうやって……僕は焦った。まさか本当のことも言えない。

「あの……ハッシュタグ指定をしたので、そこからパッと目に入った人を直感で選びました」

 そのように言っておいた。岩塚くんの事務所は表向きSNSが禁止なので、岩塚くんも深くはつっこまないだろう。


 当選者が来ましたとスタッフに言われる。

 ついに彼女に会える……。僕の心臓がどくんと鳴った。

 まず僕だけが挨拶に行く。岩塚くんはここで待機してもらい、企画用の部屋でファンと初対面をしてもらうことになっていた。


 彼女に会える。僕の心はわくわくしていた。

 どんな顔をしているのだろう、どんな声をしているのだろう。

 彼女が待っている部屋の前まで来た。彼女と岩塚くんが会うため、照明や角度を何度も検証した部屋。ゆっくりとドアを開ける。


 僕が部屋に入ると彼女は立ち上がり、おじぎをした。僕もおじぎをして、お互い自己紹介をした。

 彼女の第一印象は、とても普通の人だった。

 髪型はショートで体型は普通だった。ファッションは程よく流行を取り入れた感じで、それが好感だった。着飾りすぎず普段着すぎず、今日という日にとても合っていた。

 彼女は働いているので僕より年上なのは確実だと思うが、年齢は聞かなかった。


「緊張していますか?」

 僕は極力優しく話しかけた。彼女は「はい」と小さく言い、心ここにあらずといった感じだった。


 人は本当に嬉しい時、どんな状態になるのだろう?

 僕は彼女に会えて嬉しいはずなのに心に何かが引っかかっている。

 何が引っかかっているのだろう。可能性を頭の中に幾つか並べてみた。簡単なことだった。

 彼女は岩塚くんに会うためにここにいるからだ。僕に会いたいわけではない。


「岩塚さんが来ました」

 スタッフの一言で彼女の顔が変わった。一瞬目を見開き、呼吸が乱れた。そしてその顔は輝いていた。

 彼女は素早く前髪に手をやり、前髪を整えていた。

 僕と会った時はそんなことを気にもしていなかったのに……。

 ダメージを受けた気分になったが、今日の目的は彼女と岩塚くんの対面だ。ファンとの交流企画だ。


 コンコン、ノックの音がした。

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