第2話 近道

 僕はゆっくりとアイドル岩塚くんに惹かれていった。同時に果物アイコンの彼女も気になっている。

 連休が終わってからも岩塚くんのブログを読み、彼女の呟きをチェックする日々が続いた。それを続けていると、あることに気づいた。


 ハッシュタグ、これが彼女と岩塚くんを結んでいる気がする。

 ファンがハッシュタグをつけて呟くと、アイドルがそれを読んでいる可能性がある。そう思ってか、みんな物凄い勢いでハッシュタグをつけていた。

 アイドルのSNSアカウント開設は禁止になっているらしいが、閲覧えつらんだけしているのだろう。


 二ヶ月ほど彼女の呟きを追ってきたが、彼女の年齢や職業は解らない。しかし彼女の気持ちを毎日読んでいると不思議と知らない間柄ではない気がしてきた。

 彼女はアニメも好きだった。ファッションや美容にも興味があった。

 そして写真をアップする時にさりげなくハイブランドの柄を映したりもする。お洒落しゃれも忘れないオタクですよといったアピールが可愛らしい。

 好きなものが多いので色々買うために仕事を頑張る、そういった姿勢にも惹かれた。僕もハッシュタグをつけて彼女と交信したい、そう思うようになってきた。


 近頃の彼女は、ファッションで迷っているようだった。普段は岩塚くんが好きだと言っていたスカートを着用しているらしい。

 しかし岩塚くんが最新号の雑誌のインタビューで「パンツスタイルもかっこいいよね」と言っていたらしく少し悩んでいた。

 そして岩塚くんがラジオで「自分の意思を持っている、自分に似合うファッションをしているのが良い」と言ってたのでようやく彼女は落ち着いた。僕もホッとした。彼女と気持ちを共有している感覚があった。一方的だが。


 そうこうしているうちに僕個人でも岩塚くんへの想いがつのってきた。彼のアクセサリーや持ち物は、寄付に繋がるものが多かった。それも本人が公表しているわけではなく、ファンが辿り着いた情報だった。

 ルックス、発言、行動、仕草、精神。本当に岩塚くんはアイドルになるために生まれてきたような存在だった。


 ふと……これは作られたものなのか? 彼の本来の姿なのだろうか。僕はインタビューやテレビをよく見たが、つかめなかった。

 岩塚くんが所属するアイドルグループのライブは終わったばかりで一年後までライブツアーはないようだ。がっかりした。ライブで岩塚くんを見てみたかった。僕は彼女と岩塚くん、どちらに惹かれているのだろうか。


 もう少しで大学は夏休みに入る。彼女と岩塚くんへの気持ちで僕はずっともやもやしていた。

 見知らぬ女性にいきなりコンタクトをとるわけにもいかず、アイドルに会えるはずもない。自分がアイドルになるのが一番近道なのではと思い、オーディションを受けることにした。


 岩塚くんとは違う事務所に履歴書を送った。すんなりと合格をした。

 そこの事務所は歌とダンス以外の才能を重視する事務所だった。僕は歌もダンスも出来ないので最適だった。

 僕は本名の中原なかはらたかしという名前でアイドル活動を始めた。


 八月になった頃、僕は「初々しい」という評価で早くもそこそこの人気が出ていた。けれども彼女はお気に召さないようだった。岩塚くんと違う事務所のアイドルのせいかライバルに見られているのかもしれない。それともパッと出の僕が気に入らないのだろうか。

 僕は人気が出た頃を狙ってすぐにSNSを開設した。僕は親しみやすさを武器にフォロワーを増やした。ずっと彼女の呟きを見てきたので、ファンという層が求めているものを少しは解っていた。

 

 ある日、岩塚くんと接触するチャンスが訪れた。

 岩塚くんがファンを大事にしているのは有名だった。それを狙い僕はファンと交流する企画をたてた。事務所と岩塚くんからも了承を得た。


 さっそくSNSで企画に参加するファンを募集した。ハッシュタグをつけてみた。ハッシュタグをつけると検索に引っかかりやすいのは経験済みだった。


 彼女からの応募があった。僕は当然のように彼女に決めた。僕の中だけで決めた。参加するファンを決めるのは僕に任されていた。

 そのあとも期間中はSNSを盛り上げるため、募集は続けた。

 その間の彼女の呟きは「当選したらどうしよう」といったどきどきした感情が呟かれていた。僕までわくわくしてきた。

 募集期間が終わり、僕はSNSのメッセージ機能で彼女に当選の連絡をした。まだ公表はしないでほしいと注意書きを添えて。


 僕は企画当日に向けて試行錯誤した。照明や配置など、彼女が岩塚くんをよく見られる場所を考えた。離れていても近すぎてもいけない。正面だと直視できないかもしれない。スタッフに協力を得て、ベストな位置を探した。


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