第8話

 結論から言えば、わたしは死んでいなかった。ぜつしただけだ。お医者さんいわく『車に轢かれかけたショックかなにかが原因でしょう』とのこと。

 生きているのは嬉しいけど、これだけ聞くとずかしくて仕方ないよ。

 あのあと、わたしを轢いてしまったとかんちがいした車の運転手さんが救急車を呼んで、なんの騒ぎかと様子を見に来たお父さんと一緒に、わたしは病院へ運ばれた。

 もちろんりょうの必要なんてない。だからわたしは目覚めてすぐに、お父さんが拾ったタクシーで帰宅したのだった。

 ――これはその道中を切り取った、ごくとりとめのない一場面である。

「つまるところの夢、か」

 わたしから悪夢のてんまつを聞いたお父さんが助手席でつぶやく。

てんばつ覿てきめんだな」

「反省してますー」

「無数の箒に追われたというのは、ひとえにほうきがみ様のお力がぜんあく問わずたましいを掃き集めたがゆえだろう」

「じゃあお母さんがいたのも?」

「夢で会ったのか」

「んー、多分」

 わたしがようえんに入園したぐらいの年に、お母さんは病気で他界している。

 どんな顔だったか、どんな声だったか。正直なところよく覚えていない。

 でも、あの場にいろんな魂が掃き集められていたとして、その中にわたしを助けてくれる巫女装束の女性がいるとすれば、それはきっとお母さんだ。

 わたしはそう信じようと思う。

 どんな形であれ、自分の目でちゃんと見ることができたから。

「箒は古くは『ははき』と呼び、ははにも通っている。ミキを助けようと夢にまで現れたのもうなずけるな」

「お父さんたら、また見てもいないのに信じちゃって」

「そりゃあ信じるとも」

 お父さんは座りながら後部座席わたしのほうへと振り返る。

 気づけばタクシーは、わたしのよく知る通学路アスファルトの上を走っていた。

「今もこうして、ミキの隣にいるのだからな」

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いつしか箒になっていた 水白 建人 @misirowo

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