第7話

 ひとつ、またひとつと竹箒の身で石段を跳ね上がる。やっとの思いで境内へとたどり着いた頃にはろうもピークに達していた。

「藪に捨てたやつもオバケになってたらやだなあ……」

つくがみはあやかしのたぐいではありませんわ」

「誰っ!?」

 わたしはあわてて目を配る。

 意外にも、声の主はわたしのすぐとなりに立っていた。しかも箒じゃない。不思議となつかしさを感じさせる白と赤のしょうぞくをまとった、物静かな黒髪の女性である。

「大昔のまきなどにおいて、そのように描かれることもあったようですけど」

「はあ……そ、そうだ!」

 この悪夢でかげも形もなかった箒以外の存在が今、目の前にいる。

 その事実があまりにしょうげき的で、わたしの口からはあいさつより先に質問が出てきてしまった。

「どうして人の姿でいられるんですか!? わたし、元の姿に戻れますか!?」

「あなた、箒にいたずらでもしたの?」

「うっ」

「いけませんわ。古来より、箒はなににもまして人に近しい、さいですのに」

「そ、それよりわたし、オバケ箒に追われてて」

「オバケではなく付喪神です」

「どっちでもいいじゃん!」

 女性のマイペース加減にわたしはイライラしてしまい、たまらず大声で叫んだ。

 そのせいで気づかれたのだろう。次の瞬間、遠くの藪をがさがさ揺らしながら、がねいろの物体――そう、あの竹箒がひとりでに姿を現した。悪い予感の的中である。

「出たぁ!?」

「…………」

(見てる!? すごいこっち見てるよぉ……!?)

 数秒ほどのにらみ合いののち、オバケと化したあの竹箒がぴょんと一歩を踏み出す。

「やば、こっち来た……」

「お迎えに行きましょう」

「えっ!? でも」

「あなたは悪いことをしても謝らないの?」

「そういうわけじゃ……」

「大丈夫。わたくしがそばについていますわ」

 優しい口調でそう答えると、女性はわたしの体に手をえながら、あの竹箒へと向かっていく。わたしのはばに合わせるような、ゆったりとした足取りで。

 ――いつしか箒がそこにいた。

 目配せするわたしに女性はやわらかにほほえむ。なんだか胸が温かくなって、わたしの中から恐怖という恐怖が次第に消えていった。

 ごめんなさい。

 そんなありきたりな言葉で謝ったと思う。というのも、あの竹箒に気持ちを伝えたところで急に意識がもうろうとし始めたのである。

 やがてわたしの悪夢は、女性のこんな一言によってあっけなく幕を閉じたのだった。

「ミキはこれからも、人としてまっすぐに生きましょうね」

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