だからあんなに言っただろ

満つる

だからあんなに言っただろ


だいたいが最初から嫌な気しかしなかったんだ。

文化祭の出し物を決める、あのホームルームの時のノリからして怪しかったんだ。


飲食系をする、っていうのは先に決まってたから、それはいい。

何を売るかも揉めずに多数決でホットドッグになったから、それも、いい。

問題はその後だった。



久保のヤツが事もあろうに言い出したんだ。

「フツーの格好でただ売るだけじゃ、ツマンナイよね?」って。

フツーで何が悪い。服なんか揃いのクラスTシャツで十分だ。

ギャル系女子のオマエのセンスは、オレからしたら既に異世界モノだぞ?


なのにそれを聞いた川原が

「あー、そーだね。なんか変わった格好して売ると楽しそうだよねー」

なんて同意しやがって。

アホか。仮装はハロウィーンだけにしておけ。


それだけなら文化部系女子の戯言とクラスの皆も流せたかもしれないのに、宮地までもがしたり顔で頷くなんて想定外過ぎる。

「高校最後の文化祭だもんな。外部の人間入れないとは言え、やれるだけウチの学校マシだもんな。だったら盛り上げないともったいないよな」

ヤメれ。オマエみたいなイケメン野球部がそんなこと言い出すと、皆、そっちになびくんだぞ? 分かってて言ってんのか?




今さら文化祭に気合い入れてる場合じゃねーんだよ。

内輪だけの文化祭なんてチャーシューの乗ってないラーメンみたいなもんだろ?

だったらさらっと流して受験勉強ガチ追い込み生活した方がおトクじゃねーか。




……なんて言葉は言わずに飲み込んだ。

意外なほど皆、やる気になってるっぽかったからだ。

黙っているうち、あれよあれよと言う間にコスプレホットドッグ屋に決まってしまった。


しかも。

女子が男装で執事、男子がひらひらエプロンのメイド、ってマジか!?

オマエら受験ナメてんのかよ!!

……なんて言葉もやはり口に出来ずに飲み込んだ。


ツライ。なんかビミョーにツライ。

文化祭に不安しか、ない。




🎥🎥🎥




……と思っているうちに、事態はさらに深刻化した。

性別取り替えコスプレだけでも勘弁しろ案件だったのが、ムービーまで作ろうとほざくヤツが現れたのだ。

美術部部長の木崎だ。


「今回、コロナのせいで学内のみの文化祭になっちゃったんで悔しいんだ。オレたち文化系団体の人間にとって、文化祭は大切な発表の場だからね。だから、ただ食べ物を売るだけじゃなくって、記念というか記録というか、せめて何か形に残せるものを同時に作れたら嬉しい。

それで、だ。短くていいから動画を撮らないか? 文化祭準備の実録ドラマでもいいし、店を開いてる時に店内で流せる宣伝風ビデオでもいい。動画って言ったって、スマホでも十分撮れるし、ほら、誕生日に贈るムービーよりちょい長め程度なら、たいした手間もかからないからさ」


って、おい!!

そんなこっ恥ずかしい格好を後世に残してどうすんだよ!

どう考えても後で見たらソレ黒歴史以外の何物でもなくなるぞ??

正気の沙汰とは思えない!!


心の中でオレがジタバタしていたら、バレー部キャプテンの松川が苦い顔をして立ち上がったから、やっとマトモなヤツが現れたと思ったんだ。


「だからさあ。活躍の場がなくなったのは何もお前らだけじゃないんだって。オレら運動部なんて皆、最後の大会がナシだったのよ? そこんとこ分かってる?」


そうだそうだ。その通り。

文化部のヤツらだけが不憫ってわきゃないのさ、頼むぜベイベー。

だからお願い、このままムービーなんてナッシング。

思わず小躍りしそうになっていたら、その後に続いた言葉が、


「だから、オレらだって燃え尽きたいワケ。なんかこのままだと高校生活が不完全燃焼のまま終わりそうで悔しいワケ。だったらやるっきゃないっしょ? 文化部だけに仕切らせはしない。オレら運動部だってガチで燃えてやるからな!」


もうね、ありえなくね?

なんなの? その熱血漢ぶりは。

って、元々そういうタイプだったのかよおぃ?

知らねーよオレはそんなコト。


なんてしらばっくれる雰囲気は、微塵もなかった。ウチのクラス。

皆が皆、やる気に満ち溢れていて、怖いくらいだった。

ああ、なんてこったい。

やる気がないのはオレだけかよ??




🎥🎥🎥




……と思っているうちに、事態はますます深刻化した。

松川とオレとが組んで、メイド頭として主演をやれ、と言うのだ。

執事側(女子)は文化祭委員の真田とクラス委員の井川が主演。

メインキャストが男2人女2人の計4人という設定らしい。


「い、いや、ななななんでオレ?」

思わず口ごもると、今時レアなメガネっ娘ポニテ優等生女子の真田が顔色ひとつ変えずに言い放った。

「だって、松川君と三崎君なら、絵面えづら的に対照的過ぎてそれだけで面白くなるって木崎君が言うから」


「松川君がメイド姿似合わないNo.1だとすると、三崎君は似合いすぎるNo.1だもんね~」


川原の言葉がオレの胸をえぐる。

イタい。痛すぎる。



🎥🎥🎥



思えば昔から、女装はオレについて回っていた。


記憶にある振り出しは幼稚園の頃。

当時、流行っていた日曜朝の女子向けアニメがなぜかお気に入りだったオレに、たまたま量販店でセールになっていたそのキャラクター衣装を母が見つけ、買ってくれたのだ。

それを着て、得意技の決めポーズを取るオレを

「まぁー、なんて可愛いー♡」

と言って写真を撮りまくってたらしいが、こちらの記憶には残ってないので、母の愛として仕方なく許す。


小学校時代、在籍していたサッカーのクラブチーム、卒団式での余興。

卒団生全員で女装させられ歌って踊った時の、オトナの視線が怖かった。

「コレって似合わないのを笑う企画だったはずが、ナオくんだけ違うんだけど?」

「ほんと是非ウチに娘として迎えたい」

「いや、マジ可愛いねえ」

そんな言葉は要らねえ!! と思いながら皆と踊っていたオレの気持ちをオトナは知っているのか?

ぜってー知らねえよなあ。クソがっ。


中学のサッカー部夏合宿。

先輩が「家にあったから」とチャイナドレスをこっそり持ち込んで、後輩に無理やり着せて回ったんだが、オレの時だけ

「いや、脱がないでそのままでいて」

「その格好でずっといてくれたら夜の片付けはオマエだけ免除でいいわ」

「それで膝枕してくれるんならレギュラーナンバーやってもいいレベル」

って、オレは先輩たちの仮想彼女じゃねえ、つーの。

ついでに同級生からも、

「なんならオレ的にはオマエが学年一可愛いかもしれん」

「も、週末、試合より女装のオマエとデートしたいわ」

「プリクラ一緒に撮ってスマホに貼っておきたいんだけど」

って、どの面下げて言ってんだよおめーら。





🎥🎥🎥




そんな過去ばかりなせいか、高校生活、今の今まで”女装”という言葉と無縁で過ごせていたのをオレはとてもありがたく心安く思っていたのに。

最後の最後で……!!




そんなオレの気持ちも知らず、

「という訳で、早速だけど今日の放課後、メイクして衣装着て、撮影するからよろしく」

真田が相変わらずの能面顔でオレに言い渡した。


「い、いいいいや、ちょっ、待てよ。オレの都合は?」

「んなもん、聞いてるヒマはない」


横から木崎が補足説明をする。

「悪いとは思うんだけど、ほんと時間がなくて。撮影スタッフが全員集まれるのって今日しかない、ってことになってさ」

拝むようにしながら「な、頼むよ」と言われてはイヤと言えなくなるオレはバカだ。





バカだバカだバカだ。

オレを座らせ、「うわー、お肌もキレイで化粧ノリがいいったら」とはしゃぎながらメイクをしていく久保はバカだ。


「これ、用意してきたから、はい、着て」ってレジ袋を押し付け、いやいやながら着替えたオレを見て、

「サイズもぴったし! 私の見立て完璧っ!! メチャ可愛いっ♡」

と目頭を押さえる川原はバカだ。


「コレはいい絵が撮れますぞ~」

と言いながら、スマホとビデオをスタンバりつつほくそ笑む木崎はバカだ。


「オレはお笑い女優賞だが、その格好だけで三崎は主演女優賞だな」

とデレデレと目尻を下げる松川はバカだ。


「うん。想定以上の仕上がりだ」

と顔色ひとつ変えずに頷く真田はバカだ。

続けて「その格好のまんま、電車に乗って撮影する」と言いやがったのだ。

は、はぃ~?


どいつもこいつもバカばっかりだ。くそったれ!!




🎥🎥🎥




撮影の段取りは真田から説明された。

とりあえず、オレだけのパートと、松川だけのパートを順に撮る。

2人でのパートは車内の様子(混み具合や他の乗客からの注目度など)で判断する。


オレたちは、ひとりでドアの前に立って本を読んでいる、という設定。

それを両サイドのドアから横向きにそれぞれスマホで撮影する。

メインカメラとして木崎、宮地がペアを組む。

反対側からはサブとして久保と川原。

二人組なのは、話をしながら自然な感じで隠し撮りするため。

後ろ側のドア前に陣取って邪魔が入らないように見守るのが松川と真田、井川。

ガタイのいい松川が衝立役となり、それを2人の女子がサポートする態勢だそうだ。


で、オレの服装だが。

ペイズリー柄レースの黒い長袖ブラウスに、ミニ丈ギャザースカート、同じく黒。

その上から黒いベルベットのエプロン。オーガンジーの白いレースがエプロンの周囲をぐるりと縁取っている。

足は白い水玉模様のニーハイソックス。

ゆるいウェーブがかかったセミロングの茶髪はもちろんウィッグだ。

シルバーの小さめショルダーバッグを肩から下げて、靴は5センチはあるだろう厚底の黒いサンダル。

さすがに足元は駅に着いてから履き替えた。



学校から駅までの間は、着替えた服の上からフード付きの薄手のロングコートを羽織り、頭から全身をすっぽりと隠した。

化粧している顔を上げることができず、下を向いて歩いた。

でも、電車内はその比ではなかった。

だって、校内ならまだしも、こんな姿で公共交通機関だぞ?

ありえねーよ。泣きてーよ。

オレはぐっとこぶしを握りしめた。




メイクや着替えなどの支度をした分だけ下校時間からそこそこ外れたせいか、車内はかなり空いていた。

黙ってドアの前に立ち、下を向いて文庫本を開く。

目が文字を追うが、頭には入ってこない。

気休めにページをぱらぱらとめくる。

しばらくして、がたん、がたん、と電車が緩やかに走り出した。

振動音が心臓の鼓動と重なってうるさい。耳元で響くようだ。

頭がぼーっとする。顔が火照る。

早く終われ、と心の中で祈る。

横目で両側を見る。

和やかに話す2人の手元のスマホがこちらを向いているのが視界の端に映る。

くそったれ、と悪態をつく。

がたん、がたん。くそったれ、くそったれ。がたん、がたん、くそったれ……。

リズミカルな振動に、少しばかり緊張が緩み始めてきた、その時。


背後に異変を感じた。


オレの後ろにはついさっきまで誰もいないはずだった。

後方のドアの前に、デカい松川と真田、井川がいるくらいで、その間には誰も立っていないはずだった。


なのに。


今、何か、荒い風のような、かすれた音が聞こえるのは、気のせいだろうか。

今、何か、やけに背中が熱く感じるのは、気のせいだろうか。

今、何か、尻の辺りにぶつかっている気がするのは、気のせいだろうか。

今、何か、硬いモノが押し付けられている気が……、


ぞぐぞくと総毛立つ気配がしたのとほぼ同時に、電車はトンネルの中に入った。


轟音と共に、さっきまで明るかった窓の外が一瞬で暗くなる。

暗くなった外のおかげで、女の姿をしたオレがドアのガラスにはっきりと映りこむ。

そのオレの後ろに、


見たことのない男がぴったりと寄り添っているのが映った。


男はガラス越しにオレを見て、ニヤッと笑った、ように見えた。




と、言うことは……?

さっきからより一層、強く押し付けられているこの硬い感触は……、

え??

えええ???


体の中で、ざざざーっと血の気が引いていく音が、聞こえる。

狭まる視界の中で、男の顔がおぼろげに歪む。

お、お、おおおオレは今……。


カラカラに乾いた口からは、唸り声のひとつも出やしなかった。































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