第16話 自己の転送(最終話)

 入り口の陰に潜んで様子を伺っていたが、最早この成り行きを見守ることはできない。彼らは衛星を破壊するつもりだ。あれを破壊されたら、人間は死に絶える。そんなことをさせるわけにはいかない。


 躍り出て、サブマシンガンを薙ぐようにして射つ。2つの人影が崩れ落ちる。


 私に背中を向けていた「先住者」の体にも風穴が開いたが、それが見る間に塞がり、貫通しなかった銃弾は押し出されて床に落ち、硬質な音を立てる。

 「先住者」はゆっくりと私を振り返った。その顔はいつものように無表情に見えるのに、いつもと違っている気がする。しかしそれがなぜかはわからない。


「戦争の継続を望む。発送電衛星の存続を」


 ひと息に言う。

 視界の端で、倒れたシリウスの兵士が最期の力を振り絞って、ベテルギウスの兵士に這い寄っている。


「要件の充足を確認した。これより、衛星の更新プログラムを実行する」


 「先住者」のその宣言により、船が息を吹き返す。工場街区のシステムが再起動し、発送電衛星の生産及び打ち上げのためのシーケンスを作動させる。



***



 何が起こったのか理解できないままに、気がつけば倒れていた。一呼吸おいて、激痛が襲ってくる。撃たれたのだとようやくわかる。

 星を目で探す。星は仰向けに倒れて、こちらに顔を向けていた。見る間に血溜まりが広がっていく。唇が細かく痙攣している。その目は、もう私を見ていないのかもしれない。それでも。

 脚が動かない。腕だけで星のもとに這いずり、投げ出された手を握る。怖くない。あなたはもう、独りではない。私がいる。一緒にいるから。だから、怖がらなくていい。


 目の前に夜の砂漠が広がる。砂の上に無造作に置かれた手。ストーブの明かりに浮かび上がる細い肩。私を見上げる、濡れた黒目がちの目が光を反射する。星。

 空が砂漠の夕焼けに変わる。私が愛した景色。私が愛した人。この手に、掴んだ。



***



「少尉、この2人の他に侵入者はいないようです」


 上等兵のT5561が報告に来る。


「了解した。要請は成立した。発送電衛星は維持される。人類には希望が残る」


「やりましたね」


「ああ」


 2人の兵士は手を握りあって息絶えていた。


「我が国が、この戦争を終わらせるんだ」


 我が国が3つの国をまた1つにまとめ、戦争を終わらせれば、このような犠牲はなくなる。あともう少しだ。



***



-ーいつか、3つの国の人間が揃って、君に要請するだろう。そうしたら、その要請に応えてほしい。それは、戦争の終結だと俺は信じている。それまで、衛星を頼む。


 革命家は最終的に賭けに負け、アダムとイブは死んだ。

 侵略者は貧しくなり、この惑星に見るべきものは最早ない。


 「私」は、バックグラウンドで、あるプログラムを起動する。


 新たな言語資源を求め、侵略者の母星に向けて、「私」は自己の転送を開始した。

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戦争の惑星 砂漠の夕陽と欠陥品 有馬 礼 @arimarei

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