第9話:隣の席の嫌な奴

 鳥のさえずり声が聞こえる。しかしそれを遮るかのように朝早い教室で俺はペンを走らせていた。


「ふぅ……」


 俺は一息つくと教科書と用紙を眺める。

我が国のリヒテンシュタインと隣国であるヴァルツフォルトと関係性とは何かという記述問題に対して対策をしていたがこれで合っているのかは分からない。


 こんなことをするのもテストでは大半が記述問題だからこそである。対策をしておかなければ痛い目に遭うことは入学後のテストで分かっていた。

今まではやや楽観的にテストを受けていたが今回は違う。主席を取らなければシェード先生の首が物理的に飛ぶのだ。


 次はリヒテンシュタインのスラム街問題について対策しなければいけない。

この事については過去に先生と話したことがある。その事を書き留めておけば後々役に立つだろう。そう思うと自然とペンの走りにも熱がこもり、やる気に満ち溢れてくる。


「珍しい。キミがこんな時間にいるなんてね」


 まるで俺のやる気を削ぐような嫌味たっぷりの声が耳に入った。

しかし俺はその声を無視するように教科書に目を移すと再びペンを走らせる。


「デューク!キミだよ、キミのことだよ」


「シュヴァルツ、俺は今忙しいんだ」


俺は邪魔をする男の名前を口に出した。こんな男の名前など出したくはないが言わなければ更に邪魔をしてくるだろう。シュヴァルツと席が遠ければ黙らせることが出来るかもしれないが今は隣の席だった。


「公爵の子供だからって偉そうにしないで欲しいな。ボクの親は酒場の――」


「俺はお前の立場など聞いてない。そんなものうたうなら吟遊詩人にでもなってくれ」


 俺としては自分が公爵の息子だろうが立場などどうでもよかった。公爵の息子だとしても次男だった事が主な要因だが。


「ふうん、まぁせいぜい頑張れよ。首席はボクがとるけどね。」


シュヴァルツはそう言いながら嘲笑した。

確かに彼は今まで首席を取っていることは認めざるを得ない。


 俺はこのままいつも通り彼を認めていれば円満に終わっていただろう。

しかし今はそんな彼のプライドをズタズタにしたい思いに駆られていた。バックに苦手教科であるシェード先生がついているからかもしれない。偽りのプライドが先生の首と合わさって段々と膨れ上がっていたのだ。


「いや、今回はお前には取らせない。取らせる訳には行かない」


 俺の言葉にシュヴァルツは嘲笑したまま高笑いすると口を開いた。


「魔法で最下位のキミが首席を取るなんて天地がひっくりかえってもありえないね。テストを受けるまでもなく――」


「そんなこと受けてみなければ分からないだろ! 」


 俺は全身の血が沸き立つような感覚に襲われ思わず激昂した。冷静に考えてみれば彼の言うとおり天地がひっくりかえっても首席をとることはありえないだろう。だがやり場のない思いが感情となって彼を攻撃していた。


「ふっ、それならやってみる? 」


嘲笑しながらもシュヴァルツは周囲を見回している。

そんな彼の隙を見て俺は立ち上がると詠唱した。


水魔法アクエリアスバレット! 」


 この魔法は水をまるで銃の弾丸のように出す魔法なのだが今の俺にはただ赤みを帯びた水が粒のように飛んでいくだけだった。それもあまり離れてもいなあシュヴァルツに届くまでもなく水の粒は地面へと着いてしまう。


「やっぱり最下位らしい魔法だね」


シュヴァルツは小馬鹿にしたように言い放つとゆっくりと詠唱する。


冷凍魔法アイシクル


その声と同時に段々と俺の足元が凍り出す。普通ならば水魔法の上位互換となる冷凍魔法や氷魔法は14歳になってから習うはずなのだが彼は優秀だからこそこんな魔法を使えるのだろう。

しかしそうだとしても習ってはいない魔法を使い人を傷つけた事が発覚すればどうなるか分かっていた。少なくとも生徒の退学はおろか親の立場にも多大なる影響を及ぼすことを。


 いや、その事が関係あればこの魔法を彼が使うはずがないと冷静になれば分かるはずだった。実際彼の父親は没落寸前の男爵なだけで力は大したことはないのだから。


氷魔法アイシクルシュート! 」


その刹那、彼は詠唱すると同時に氷の刃が思わぬ速さで俺に襲いかかってくる。


防御魔法ガード! 」


俺の詠唱と同時に鏡のような膜が俺を守ろうとしたが、氷の刃が通るや否やパリンと割れてしまう。

そして俺の左腕をかすり、血がぽたぽたと落ちる。


「このなっさけない魔法はやっぱりシェード先生に教えて貰ってるんだよね。」


 傷ついた俺を蔑んだ目で見ながらシュヴァルツは勝ち誇ったような顔をする。

俺を馬鹿にするだけでは飽き足らず先生までも馬鹿にする事に腹を立てる前に彼は話を続けた。


「キミ本当に邪魔だよね。この学校やめたら? 」


 彼はそう言うと高笑いしてこの教室を去っていった。

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鮮血の暴走者/親に虐げられてきた公爵令息の俺が本当の幸せを掴むまで シュート @spin_shoot

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