第8話:紅茶とサンドイッチ
「どうですか? 」
俺はシェード先生の顔色を見ながら訊ねる。
「ダメだ。まだ意識が戻らない」
先生は首を振った。
ブランの胸部を見るあたり呼吸はしているが目を覚ます様子はない。
「あの……」
「デューク、どうした」
俺の声に先生は青い目をのぞかせる。どこか不安と後悔が入り交じったようなそれに思わず自分も似たような気持ちになる。
「ブランが四方八方にナイフを投げてた魔法はもしかして――」
「ああ、あれが暴走魔法だ」
先生は空を見上げながら話を続ける。
「暴走魔法は制御出来れば便利で強力な魔法が使える。しかし使い方を間違えれば誰かを傷つけることになり得るんだ」
ふと脳裏に上半身をズタズタに切り裂かれたルークの姿が浮かぶ。
あれが暴走魔法の使い方を間違えて起きたことかと思うと自然と涙が出てくる。
「そうだったな。キミの兄はオレのせいで……」
「もういいんです。何も言わないでください」
気まずい空気が辺りをつつみ、息苦しくなる。ルークが暴走魔法で命を落としたからこそ今こんな思いをしているのだ。
「そうか……」
先生は暗い顔でブランを見つめている。しかしその頬は不自然に緩んでいた。
「う……うん……」
しばらくしてブランがうめき声を上げる。どうやら意識を取り戻したようだ。
「ブラン、ブラン! 」
俺はブランの方に思わず駆け寄った。彼女の方も俺の方を向いて反応する。
どうやらまだ意識が
「意識を取り戻して良かったな」
「はい。本当に、本当に良かった」
俺はほっとしたように胸を撫で下ろす。だが先生の不安そうな顔は変わらなかった。まだこの事が知られたらどうなるか気が気ではないのかもしれない。
「デューク坊っちゃまと……もう1人は? 」
「貴方の坊っちゃまに魔法を教えているシェード・アングレイと申します」
先生は軽く礼をするとブランはクスクスと笑った。
「なるほど、魔法の先生でしたか。私はブランとお呼びください」
ブランは言葉を切ると頭を下げて口を開く。
「そして申し訳ございません。あなたの立場を聞かずに実力行使に出て……」
「いや、その事についてはいいですよ。その代わりにこのことは内密にして頂けませんか? 」
「分かりました。そうしますね」
ブランは軽く礼をすると突然目の前にトレイを出す。その上には人数分のティーセットと美味しそうなサンドイッチがのっている。
「さてと、あなたも宜しければお茶でも御一緒しませんか? 」
「ありがとうございます。いただきますね」
先生はにこりと笑うと俺の隣に座る。そしてティーカップを並べたブランを横目にサンドイッチを手に取ると何かぽつりと言ったがよく聞こえなかった。
「デューク坊っちゃま、食べないのですか? 」
ブランはティーポットに紅茶を注ぎながら俺を見つめる。人形のように微動だにしない視線にどこか恐怖を覚えながらも俺は首を横に振る。
「坊っちゃま、最近食事もちゃんと食べて――」
「うるさい! 」
俺はサンドイッチがのっている皿をひっくり返した。サンドイッチはバラバラになりながらも宙を舞い地面に落ちていく。
「デュー……ク……」
先生の青い目には驚愕と困惑が入り交じっていた。
「坊っちゃま!食べないと体に差し障りが出ます」
「だからなんだ。せめて飲み食いぐらい自由にさせてくれよ! 」
俺は頭に血が上ると同時にブランの胸倉を掴む。彼女が先程まで意識を失っていることなど完全に消えていた。
「デューク、やめないか 」
先生は俺とブランに割り込むと俺の右肩に手を置く。その姿はまるで不良生徒をなだめる先生のように見えた。
「ブランはキミを心配して言っているんだぞ。食べなければ――」
青々しい野菜に白い卵が見え隠れしているサンドイッチが俺の視界に入る。
俺は顔を背けようとしたがその時にはもう遅かった。
「――オレが食べさせる」
先生はニコリと笑うと俺の口にサンドイッチを突っ込んだ。口の中にサンドイッチの味がゆっくりと広がっていく。
「シェード様、流石にやりすぎでは……」
「こうでもしなければデュークは食べないだろうからな。多少の荒療治も許してくれ」
心配するブランをよそに先生は涼しい顔で俺を見つめている。だが彼の青い目は俺が吐き出そうとするのを見過ごさないようにじっと見つめていた。
俺はゆっくりとサンドイッチを咀嚼する。
じわじわと味が広がり吐き出したい思いに駆られても先生の目が見逃がしてくれない。
俺は涙目になりながらも
「ブラン、デュークが食べない時はこうやって食べさせてくれよな」
「は、はい。シェード様、ありがとうございます。私はこれで失礼します」
ブランは俺の腕を掴むと軽く礼をする。そして俺を引っ張るように歩いていった。
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