第7話:メイドと意志と暴走魔法


飛行魔法フライング


ブランは数え切れない程のナイフと共に宙に浮き、意地悪そうににやりと笑った。


「流石……ですね」


「そちらこそ。複数のナイフを瞬時に召喚するなんて並大抵の人ではできませんよ。誰から教わったのでしょうか? 」


先生も先生で不敵な笑みを浮かべながら彼女を見つめている。

まさに俺の出る幕はないと謎の圧力が割って入ることを阻害していた。


「それはお教えできません。坊っちゃまにもそのようにして踏み込むならば……」


ブランはここで言葉を切ったが息付く間もなく再び口を開く。


「私がこの手で排除致します! 」


その声に答えるように彼女の周りを取り囲むように数本のナイフが綺麗に並ぶ。

彼女の剣幕はただ者ではないとオーラからもひしひしと感じていた。


殲滅ルインへとソード ! 」


ブランは先生を睨みつけると詠唱した。

すると数え切れない程のナイフが意志を持ったかのように彼の元へ飛んでくる。


これが魔法の暴走なのだろうか――

あまりの美しさに見とれてしまい、1部のナイフが逸れて俺の方に飛んできているなど思ってもいなかった。


「全く、デュークが見えていないとはメイド失格じゃないか」


先生の吐き捨てるような言葉で俺は我を取り戻す。

だが俺が気がついた時には数本のナイフが目の前に迫っていた。


回避魔法エラー


彼の叫びに答えたのかナイフは全て逸れた後にナイフが爆発する。

爆発によって周りから大量の粉塵が襲いかかり視界が完全に遮断されてしまう。


「はぁぁぁぁぁぁ!! 」


ブランは相変わらず数え切れない程のナイフを魔法で飛ばしている。

暴走した相手にも対応できるのはやはり彼が先生だからこそとしか言えない。

少なくとも暴走因子を持った生徒たちを教えているのならば――


「話も聞かないか。これはお説教よりも魔法をぶつけないとダメみたいだな」


視界が晴れ、いつにもなく真剣そうな顔で先生の姿が見える。

青く輝く彼の瞳は暴走したブランを見つめており、その出で立ちはいつもの姿とかけ離れた厳格な先生を思わせた。


拘束魔法バインド! 」


ブランの体からつるが現れて彼女を締め付けるが、彼女のナイフで蔓がズタズタに切り裂かれてしまう。

暴走魔法を使う相手には先生であっても太刀打ち出来ないのだろうか。

あまりの空気に俺の額からじんわりと冷や汗が流れる。


「先生! 大丈夫ですか!」


俺は叫びながら先生の元へと向かう。

しかしナイフが弾幕のように襲いかかり迂闊うかつに近づくなど不可能だった。


「当たれ当たれ当たれ当たれっ!!」


ブランは彼女に似つかわしくない声を上げてナイフを魔法で飛ばしている。

暴走魔法で人が変わるとは学んでいたがまさかここまで変わるなど思ってもいなかった。


影魔法シェード


 その刹那、先生の全身が黒くなり、姿が消えたかと思うとブランの目の前に現れて勝ち誇ったようにニヤリと笑う。

そして彼は拳を作ると体を回転させてブランの顎を殴った。

ゴッという聞きなれない音と同時にブランは意識を失い地面へと落下していく。

このままでは彼女の命がないと俺はヒヤリとする。

しかし問題はそれだけではなかった。


「なっ!?」


先生は珍しく動揺したような声を上げる。

気絶してもなおブランの弾幕のような暴走魔法は止まなかったのだ。

あまりにも至近距離ゆえに先生も攻撃を避けることなど出来なかったのか黒いコートが切り裂かれる。

その部分から血が流れても彼は表情を崩さずに呟いた。


「気を失っても主人とデュークの秘密を守る意思を失わない……か」


ブランの魔法で自分の身がボロボロになりながらも冷静でいられる先生の姿に違和感を感じる。

何故こんなにも涼しい顔をしていられるのか俺にとっては理解できなかったのだ。


速度魔法スロウ


落下しているブランの勢いが先生の詠唱によって段々落ちていき、ゆっくりと彼女の身が地面へと着地する。

それと同時にナイフを飛ばしている魔法も遅くなり、ついにはナイフ自体も消えた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


先生は地面へと着地すると同時に膝から崩れ落ちると黒くなっていた体も元に戻っていく。

肩で息をしているあたり魔法の使いすぎでかなりの体力を削られたのだろう。


「先生!シェード先生!! 」


俺は彼の名を叫びながら支えた。


「デューク……回復魔法を唱えてくれ……」


息も絶え絶えになりながら彼は上目遣いで俺を見つめる。

俺はその姿にドキドキして一瞬頭が真っ白になりそうだった。


回復魔法リカバリー! 」


俺の詠唱で彼の傷は段々と癒えていく。

これで一段落だろう。俺は安堵あんどしたように胸を撫で下ろす。


「済まない。もっといい手段があったはずなのにキミをこんなことに巻き込ませてしまった」


先生の言葉は夕暮れの空に悲しく響き渡った。

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