第6話:ある日先生と
一週目の水曜日に俺は外で待つようにと言われていた。勉強会じゃなかったのだろうかと疑問に思っていると遠くから黒いコートに身を包んだ人が手を振っているのが見える。
「お待たせ 」
しばらくして黒いコート姿の先生が口を開いた。
相変わらず明るい笑顔は健在で自然と俺の顔も綻び始める。
しかしどこか引きつっていて張り付いたような笑みしか出てこなかった。
「先生、どうして俺を外で待たせるように言ったのですか? 」
俺は純粋な疑問を投げかける。
「キミ、ずっと勉強ばかりで根(こん)を詰めすぎているだろう。少しは羽を伸ばさないとな 」
先生はそう言いながら突然俯くと目を瞑り詠唱を始めた。一体なんだろうかと思っていると彼の体がゆっくりと浮いた。
もしやこれも魔法なのだろうか。
俺はそう思っていると先生は手を差し伸べた。
「オレの手につかまってくれ 」
俺は恐怖心で思わず身震いした。
だが時間が経つにつれて薄れていくと共にわくわくするような不思議な感情が湧き上がってくる。
俺は勇気を振り絞って先生の手を握った。
すると先生の体がどんどん浮いてついには俺も体が地面から離れる。
人の姿も小さくなって周りの景色もハッキリと見えていく中で俺は訊ねた。
「先生、俺……空を飛んでいるのか? 」
「あぁ。魔法って凄いだろう 」
確かに凄いとしか言いようがない。
暴走しなくてもこんなに凄いことができるのかと感嘆しながらも街を見下ろす。
するとある地点から家が貧しくなっていき、人々の姿も痩せこけている。
「ここは? 」
俺は先生に疑問をなげかけた。
「ここはスラムと呼ばれているところだ。何故このような場所ができたのか分かるか? 」
「はい、貧富の格差によって生まれたのですよね。一部の子供たちは学校すらも行けずに格差が更に広がる悪循環があることまでは学んでいます 」
そう答えながらも自分の胸が締まる感覚を覚えていた。
自分は何不自由ない暮らしをしているのにあの人たちはどうだろうか。
羽を伸ばすと言った割には国の情勢について勉強しているではないかと思っていた。
まぁそんなのも悪くは無いが。
「よく勉強してるじゃないか 」
先生は少し曇った顔をしたまま褒めてくれる。
確かに褒めてくれるのは嬉しかったがあまりにも手放しで喜びはできなかった。
それからしばらくの間は先生と共に街を見下ろしたりなど空の旅を楽しんだ。
あまりにも非日常で刺激的なあまり時間を忘れながらもとある高台で俺たちは地面に着地する。
「デューク、楽しかったか? 」
先生は俺の顔を見つめながら訊ねる。
気がつけば空は橙色になり、空には1番星が輝いていた。
このまま時が止まればいいのに――
俺はしみじみとそう感じていた。
「はい。楽しかったです 」
今までにない新鮮な体験をさせてもらって先生には感謝としか言いようがなかった。
父親とだったらこんな経験をしないだろう。
「そうかそうか。そう言ってくれるとオレも嬉しいぞ 」
彼がそう言った刹那、思わず笑顔がこぼれ出した。
俺ってこうやって笑っていたんだっけ。
引きつった笑みでも硬い笑顔でもない。
これは自然で裏のない笑顔だった。
「さてと、帰ろうか」
先生もいつもの笑顔を向けて俺と手を繋ぐ。
今日は最高な日だと思っていたがそう思ったのもここまでだった。
「お待ちください! 」
突然草陰から1人のメイドが現れたのだ。
目が覚めるような黒髪と人形のような目……あの時のメイドだとすぐ察した。
「おっと、キミは誰でしょうか? 」
あまりにも突拍子で先生もびっくりしていた。
「名乗る者でもございません。それよりも――」
ブランはおもむろにナイフを出すと先生に向けた。
先程まで柔らかかった空気も一変して緊迫した空気になっていく。
「あなたはデューク坊っちゃまに馴れ馴れしいなんて何かやましいことでもあるのでしょうか? 」
「ふっ、1人の生徒の羽を伸ばしたりすることがやましいことならそうでしょうね」
ナイフを向けられてもなお動じない先生はいつもの笑顔を向けながらもブランを見つめていた。
その刹那、ナイフが段々と溶けて取っ手だけになってしまう。
彼はおそらくナイフの金属の部分だけを溶かしたのだ。
常識とは並外れたことだが、魔法の先生である彼だからこそ出来たのだろう。
「なっ…………!? 」
ブランは驚きながらもナイフの取っ手を捨てると他のナイフを取り出すと先生に向かって投げる。
あまりにも突然で素早い動きに流石に先生であってもこれは避けきれないと思っていた。
しかし先生はこれを避けるといつもとは違う真っ直ぐな目を向けて言い放った。
「なるほど、実力行使に来ましたか。そうするならばそれ相応の覚悟ができているということですね 」
そう言った後に先生は右側の口角を上げてニヤリと笑った。
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