第5話:面談の翌日

 次の日――

俺は誰よりも早く学校に来た。

何故かといえば昨夜あったことが忘れられないからだ。このまま父親といるのも気まずく、早く登校したい気持ちを抑えきれなかった。


俺は勢いよく自分のクラスの教室の扉を開ける。

すると教壇に座って独りごちている先生がいた。


「シェード先生、おはようございます」


「あぁ、デュークか。おはよう」


先生は明るい笑顔を俺に向けながら挨拶を返す。

良かった。いつもの先生だ。

俺は安堵しながらも先生の隣に座る。


「キミ、今日は早いな。どうしたんだ? 」


「実は昨日のことが忘れられなくて……。先生、何故俺を助けてくれたんですか? 」


俺の質問に対して先生は少し考えるような素振りを見せるとすぐに戻した。


「助けたも何もない。オレはただ先生としての仕事を全うしただけだからな」


「そう……ですか。でも首を差し出すなんて正気では……」


突然先生は意味ありげな笑みを浮かべた。


「あぁ、正気じゃないかもしれないな」


どうして先生はそんなことを軽く言うのだろうか。普通の人ならば自分の命が惜しいと思うはずなのに彼の素振りを見る限り全くその気が感じられない。

深く考えてみればみる程段々と彼の思考が分からなくなっていく。


「それよりもデューク、なんか苦手な教科はあるか? 」


俺のいる学校は俗に言う親が貴族だけの子供たちが集まる特殊な7年制の学校だ。

そして教科も他とは違い、主に学問分野と武術分野に分かれていた。

学問分野は国の情勢や歴史だけではなく数字を扱ったり他国の言語を学んだりなどする分野だ。そして武術分野は剣術など武器を扱ったり、魔法を学んだりしている。


「先生、俺の点数とか把握はしていませんか?俺、苦手な分野と言われてもあまり分からないんです」


先生はそうかと軽く言うと横にあった本を出すとページをめくり始める。


「まぁ点数は全員把握しているが順位までは分からなくてな。ちょっと待ってくれ」


ふと先生を見ると彼のショートヘアが太陽の光によって天使の輪を形成していることに気がつく。

もしや彼は地獄から俺を救った天使なのだろうか。

そう思っていると突然先生はため息をついて本を閉じる。

まさか俺の順位が全て悪いのではないかとヒヤリとしながら彼の答えを待っていた。


「他の教科は1桁なのにオレの担当している教科が最下位でかなり沈んでいるな」


確かに魔法の異常性は少なからずとも昔からあったはずだし最下位と言われるのは納得だった。

しかしどうやったら魔法の危険な因子を取り除くことが出来るのだろうか。

思いついた方法は記憶を抹消することだが、先生がそんな手段を使うとは到底思えない。


「そ、そうですか。あの……危険な因子って取り除くことは出来るのですか? 」


「無理だ。1度生じた危険な因子は消えることはない。できるのは因子を薄めることだけだ」


「そんな…………」


俺は絶句した。


「そんなに落ち込むな。キミのような状況の人たちは他にもいる」


俺を慰めるように先生は頭を撫でてくる。

あまりにも優しい手つきで思わず泣きそうになりながらも撫でられ続けていた。


「えっ、俺以外にもいるんですか……? 」


そういうや否や先生は突然撫でる手を止めた。


「オレの授業聞いてなかったのか? 」


先生はため息をつくと別の本を取り出してページをめくる。

そしてあるページのところで手が止まり俺に見せてきた。


魔法が制御出来なくなると魔法が暴走する。

暴走するための発端(トリガー)があれば誰でもなりえるのだ。

それを起こすと強力な魔法が使えるが、それを犠牲に自我を失ってしまう。

魔法の暴走により多数の人が死んだりなどの被害を及ぼしたことが過去に何度も起こっている。


記載されているのはここまでだ。

強力な魔法と言われてもどんな魔法を使えるのかなど詳細な記載がされていなかった。


「先生。先生は魔法が暴走したことはあるのですか? 」


俺は恐る恐る質問をした。

それに対して彼は首を振ると本を閉じる。


もし先生が暴走したらどうなるのだろうか――


ふと疑問に思っていたがそんなことを聞くのは野暮だと思い黙り込んでいた。


「さて、こんな気が滅入る話はやめだ。オレとの勉強会はいつにするか? 」


彼は俺の目を覗くように訊ねる。

正直言えばいつでもいい。贅沢を言うなら1日だけでなく2日や3日くらい先生と居たいものだが。


「水曜日で……お願いします」


俯きながらぽつりと答える。

内心では嬉しいのだが何か複雑な感情が込み入っていた。どうして彼に対していつも居たいと素直に言えないのだろうか。


 キーンコーンカーンコーン


その思いを引き裂くようにチャイムが鳴った。

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