コズミック・シャーク 宇宙鮫誕生

武州人也

宇宙シャーク

 人類は「water」と名付けた巨大なカプセルを打ち上げた。

 目的は、火星環境の改造である。火星上に地球の海洋を再現するために、海洋生物を海水とともにカプセルに封入し打ち上げたのである。

 ところが不運にも、カプセルの第一号は火星に辿り着かなかった。小惑星との衝突で破壊されてしまったのである。


 さてここからは、カプセルの中にいた一匹のホホジロザメの話だ。


 カプセルが破壊された後、投げ出された生物たちは死に絶えた。だが、彼は違った。この巨体の捕食者は、たった一匹で孤独に生き長らえたのである。

 ご存じの通り、サメという生き物の適応能力は大変高い。飛行したり、砂地を泳いだり、果ては人家にすら現れるのだから、その環境適応能力には舌を巻くばかりである。このサメは、宇宙環境に適応できる遺伝子を持っていた。

 彼は塵などを時折食したが、それでは空腹は満たせない。この捕食者はじっと縮こまりつつ、新たな餌を待った。

 そこに運良く、彼の求める餌が現れた。懲りない人類が、カプセルを数発打ち上げたのだ。

 空腹に喘ぐサメが見逃すはずもない。まず最初に、彼はカプセルに体当たりした。しかしカプセルはびくともしない。彼は次の方法を考えた。

 彼は、自分の乗ってきたカプセルがどうして破壊されたかを知っていた。そこで、宙域に浮かぶ岩石を次々と尾鰭で叩いてみた。

 砲弾の如く降り注いだ岩石は、幾つかのカプセルを穿ち破壊していった。

 ここでようやく、サメは昔なじみの餌にありついた。この機を逃すまいと、撒き散らされた魚やラッコなどに食らいつき、口の中に収めていった。


 どれぐらい経っただろう。


 彼は火星の重力に捕らえられた。摩擦熱に温められながら、彼は火星の地表へと落下していった。彼は長らくぶりにの感覚を思い出した。


 彼の体は、海水に打ちつけられた。


 人類は、火星の改造に成功しつつあった。海を泳ぐなど一体いつぶりか……彼はどこか懐かしい匂いを感じながら、海水の温かい快適な場所を求めて広大な海を泳ぎ回った。

 彼はメスの同種と出会い、交尾の後に力尽きた。生涯の殆どを宇宙空間で過ごした史上初めてのサメの命脈が、ここに尽きたのである。


 火星の海には、天敵シャチがいなかった。彼の遺伝子を持つ子孫たちは、火星の海の、いや火星全土の生態系の頂点に立った。
















 火星に降り立った人類が、陸海空そして宇宙をも動き回る未知のサメたちと遭遇したのは、彼の死から約三百年後のことである。

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コズミック・シャーク 宇宙鮫誕生 武州人也 @hagachi-hm

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