第2話
馬車は港につき、囚人たちは船の中に乗り込むこととなった。港に止まっているのは3本のマストをもつ巨大なキャラック船だ。船の所々が欠けて傷ついているため、新しいものとは言い難い。その他に豪華なガレオン船が1隻止まっており、聖職者とその騎士が乗り込んだ。
囚人たちはガレオン船を横目に見ながら荷物とともに乗船し、下層部にある船室へと兵士たちにつれて行かれた。船室のスペースはあまり広くなく、15人程度の囚人が全員横たわれば部屋が詰まる程度だった。
男は相変わらず壁に背中を預けて座っている。そこへ一人のうら若い女性が近づいて来て、彼の隣に座った。
「さっきの馬車で聞いていたんだが、あんた、無罪だと思っているんだって?」
女性は話しかける。彼女は灰色の長い髪と頭部にはやした耳に、金色の眼の獣人のようだ。
「そうだ」
「そうかい。ま、お互い頑張ろうや。私はスタフティだ。どれだけの付き合いになるかわからんが、よろしく」
「ああ」
彼は話し終えた後、再び視線を足元に戻すが、スタフティは何か考えているようだ。
「しかし、名前がないのは不便だな。何か呼び名とかないのか?」
「ない……いや、あったな」
男はふと思い出したように言った。
「アンバル。騎士隊の時にそう呼ばれていた」
「それは名前ではないのか?」
「親から付けられた名は捨てた。入隊した騎士隊のしきたりなのだ。その代わりの名を付けられた。除隊された今はその名も捨てたのだが」
「だから馬車で名はないと言ったのか」
「そうだ」
ふーん、と呟いた後、スタフティは壁をじっと見つめる。壁に少し穴が空いていて、大海原が見える。あまり海を見たことがないらしく、心を奪われたように目を穴に当てている。
上から兵士が3人ほどやって来た。彼らは囚人たちがいることを確認すると、命令を伝えた。
「ここにいる全員甲板に出ろ。運動の時間だ」
地面に座っている囚人たちは渋々立ち上がり、階段を登って、甲板に行く。出港からあまり時間が経っていないが、室内の暗闇に慣れていたせいか、みんな目を細めている。
「貴様らには新大陸での戦闘があるからな。今のうちに慣れてもらおう。かかってこい」
そう言った兵士は剣を構えている。いつでもかかってこいとの合図なのだろう。だがそれに異議を唱える囚人が出て来た。
「おい、手の縄は解かれてねぇし武器もねぇ。不平等じゃねぇのか?」
「新大陸でどんな状況で戦闘になるかわからんからな。そのための練習だ」
「そうかよ!」
激昂した囚人はそのまま兵士の方に走りかかる。両手を上にかざし兵士の頭を狙うも、がら空きの胴体に蹴られて、甲板に転げ回る。
「次!」
兵士が声を張り上げ、残っている囚人たちが一斉に兵士に襲い掛かる。両手が縛られている状況で、隙が大きいでありながらも、兵士の攻撃に対応できる人も何人かいたが、大体が反応できずに床でのたうち回っている。アンバルもそのうちの一人で、唇を切って血が出ている。
そのことを横から見ていた別の兵士が、アンバルの胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。
「おいお前、舐めているのか」
「いえ、決してそんなことは……」
兵士はアンバルの右頬を音が響き渡るほど力を入れて殴り、アンバルは再び倒れた。兵士は腹部に向けて蹴りを入れる。アンバルは小さな呻き声をあげた。
「手を抜くなよ。こいつみたいになるぞ」
兵士は去っていき、アンバルはなんとか立ち上がった。殴られた右頬の内側も切れたのか、口の中に血の味が広がった。
その後も訓練という名の一方的な暴力は続き、囚人たちが再び船室に戻った時にはみんなが満身創痍だった。
「お互いボロボロだな」
スタフティがアンバルに話しかけた。
「ああ」
短く返して、彼はフラフラと歩き、再び壁に背中をくっつけて座った。船室の中では、囚人たちの傷に対して痛がる声が響き渡っていた。
獣の囚人 木浦 @kurage1964
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