獣の囚人

木浦

第1話

 狭く苔が生えている石造りの牢屋の中に、一人の男が座っている。手入れされていない黒い髪や髭は伸び、琥珀色をした目は淀んでいる。

 手は前で結ばれていて、壁に背中を預けながら下を向いている。牢屋の隅にネズミの声がするが、たいして気にする様子もなく、視線も向けない。

 牢屋の外から足音が聞こえ、その音もどんどん大きくなっていく。ついには男の前で止まった。鉄扉の鍵を開けて、ただ一言。

「用事だ。出ろ」

 その時ようやく、視線をあげた。少しよろめきながら立ち上がり、鉄扉の方に歩いて行く。男が廊下に出ると、看守の兵士は扉を閉める。

「まっすぐそのまま歩け」

 男は指示通りにまっすぐ歩き、その後ろに看守がついていく。男が裸足のせいか、廊下中にぺたぺたと音が響き渡る。廊下が突き当たりに階段があり、一段ずつ登っていく。

 階段を登り切ると、後ろについていた看守が監獄の出入り門を開け、男は久しぶりに牢屋の外を出た。まだ目が光に慣れていないせいか、少し目を細める。

 監獄の近くに簡素な馬車が何台か止まっており、その上に同じであろう囚人が何人か乗っている。男もそのまま馬車に乗り込んだ。男が乗り込んだのを確認すると、馬車は走り出した。

「おい、あんた」

 隣に座っている他の囚人からこっそりと話しかけられた。金髪のがっしりとした男性だ。

「何をやらかした」

 男は黙り込む。足元を見つめ、少し考え、再び頭を上げる。

「…何もやっていない」

 金髪の男性は少し驚いたような顔で、その後に軽く笑う。

「おいおい、じゃあなんであんたはここにいるんだ?」

「さあな」

 つまんねぇやつだな、と金髪の男性が呟く。

「俺はカリオダだ。もしかするとこのまま死刑台につれて行かれるかもしれないが、まあ短い間の付き合いだ。お前の名前を教えてくれ」

「俺に名は……ない」

「そんなはずはないだろ」

「所属していた騎士隊のしきたりだ」

 あまり口数が多くない男にカリオダは話しかけるのをやめた。これ以上聞いても返事が返ってこないと判断したからだろうか。

 馬車は人里から離れた監獄を遠ざかっていく。森を通り抜け、街の中に入り、広場で止まった。降りろと看守が声を張り上げ、馬車の上から囚人たちがぞろぞろと降りて来た。

 広場で囚人たちは膝をつかせて座らされた。その周りに兵士が周りを囲み、逃げられないようにしている。そこに、豪華な衣装に身を包んだ諸侯が現れた。鍛え上げられた体に、腰に下げられた剣。彼は囚人たちに向けて話しかけた。

「諸君、我が国は海を越え、新たな大陸を発見した。そこには巨大な魔力が流れる竜脈を見つけた。調査を続ければ強力な魔石も見つけられるだろう。そうすれば、我が国は他の国よりも一歩先を行くことができる」

「俺たちにどうしろと?」

 前列にいる男の囚人が問いかける。これに諸侯は腰の剣を抜き、彼の喉元に突きつけた。

「貴様に発言の許可をした記憶はないぞ。弁えろ」

 ヒッ、と小さな悲鳴をあげる囚人を気にすることなく、剣を鞘の中にしまい、話を続ける。

「そこで諸君らには、新大陸の調査をしていただきたい。もちろん、手柄をあげたものには褒美をやろう」

「い、嫌だ!俺は行きたくない!」

 先ほど諸侯に脅された囚人は、立ち上がり逃亡を計ろうとするものの、諸侯の隣を横切ろうとしたが、諸侯により首を落とされ、返り血が広場のそこら中に散らばる。

「他に逃げたいものは逃げてもいい。彼のようになりたかったらな」

 他の囚人たちは逃げ出す者はいなく、新大陸に行くための港に向かうべく再び馬車に乗り込んだ。

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