殺人遊戯 ヒューストン

 私は子供の頃、冬になると雪玉を屋根の上から落として、ヒューっと落ちていく様を見るのが好きな少年だった。


 昔、住んでいた家の前にはバスの停留所が

あって、バスを待っている人の近くに雪玉を

落としては、ボスッと地面に当たった音に反応する人を見るのが楽しくて、この遊びを

『ヒューストン』と名付け、密かな楽しみにしていた。


 『ヒューストン』は、小学5年生の冬まで

続いた。

 

 いつものように人の近くを狙って雪玉を落としたつもりが、風が吹いて落下地点が変わり、運悪くバス待ちの人の頭に当たってしまった。


 雪玉が当たった人は怒って、親に文句を言いに来て、私はその事で父親にこっぴどく怒られてしまい、それ以来『ヒューストン』で遊べなくなり、雪玉に当たった人を恨んだ。


 



 月日は流れ社会人になると、ストレスを抱える鬱々とした日々を過ごしていた。


 そんなある日の帰宅時に、偶然にも飛び降り自殺を目撃してしまった。


 15階建のビル屋上から、ヒューっと落ちていく姿を見て、懐かしさと興奮を感じた。


「何だろう、この気持ちは?」


 落下した自殺者の周りには、すでに野次馬が集まり警察も来ていた。

「どうしたんですか?」 と尋ねてみると、

自殺があったと返って来たので「そうですか」

と言ってその場を離れた。


次の日の朝


 通勤の途中、昨日の飛び降り自殺を思い出していた。


 人が、地面に向かって落ちていく光景が忘れられず、もう一度見れないものかと考えたが、

自殺を目撃するなんて、そうそうあるものではない。


 ただ子供の頃に遊んだ雪玉落としが、無性に懐かしくなったのだが、今の季節は冬ではないので、拾った小石を休憩時間になったら、屋上から落としてみようと思う。


 10時になり、煙草を吸いに屋上へ上がる。

まず一服してから、周囲に人がいないのを確認


 地面に向かって小石を落とすが、10階建てのビルの屋上からでは、高すぎて風に流されて小石を見逃してしまう。


「……この高さじゃない」



 帰宅途中、人目のつかずに『ヒューストン』が出来る場所がないかと探していると、会社と自宅の間の所に5階建ての廃ビルを見つけた。


 周りには家もなく理想の立地で、どうにかして中に入れないだろうかと、ビルの周りをうろつき侵入出来そうな窓や裏口を調べてみたが、全てに鍵がかかっている。


 諦めて帰ろうとしたが、正面玄関の自動ドアは、まだ調べてなかった。


 駄目もとで一応、自動ドアを左右に開いてみると、重いガラス戸は開くことが出来たので、

「よし、中へ入れるぞ」 と廃ビルへ侵入


 一番上の5階に階段で登って上がると、何かの事務所だった部屋の前に着いた。


 その事務所は地元の不良たちが溜まり場にしていたようで、部屋の壁には下品ないたずら書きが描いてあって、床には煙草の吸い殻が散乱している。


 私もまず一服しようと窓を開ける。

窓から景色を見下ろすと『ヒューストン』には、もってこい高さでビルの前で拾った小石を落としてみた。


 小石は、ヒューっと落ちていき地面に当たると、コンッと乾いた音を鳴らす。


「音は、もう少し響いた方が好ましいな」


 そして私は煙草に火をつけた。



 翌日も廃ビルに無断侵入すると、屋上の扉をバールで無理矢理壊して外に出た。


 そして、ホームセンターで買ったナットを

落としてみると、昨日の小石よりも乾いた音が

響いた。


「言い音だ」


 それからの私は、仕事で嫌な事があると大きめのナットを落として『ヒューストン』を楽しんだ。


『ヒューストン』を再開してから1年が過ぎて、そろそろナットでは物足りなさを感じていていた。


 もっと色々な物も落としてみたい欲求にかられ、この場所にも飽きていた。


 「次は何を落とそうかな?」


 私は会社帰りに『ヒューストン』が出来る

場所を探すのが習慣になっていて、以前から

気になっていた建設中のアパートの工事現場へ侵入してみる事にした。

 

 前もって下調べをしていたので、この時間に

現場作業員がいないことは知っていた。


 建物のコンクリートが寒さを吸っているせいか、外よりも吐く息が白い。


 当然だが、この時間の建物の中は暗いので、

懐中電灯をつけると、工事道具が散乱していて片付けがされていない。


「だらしがないな」


 何か手頃で落としがいある物はないかと、

辺りを物色すると錆びたスパナが床に転がっているので、薄手のゴム手袋を着け拾う。


 そしてベランダから足場を渡り、足場から

屋上へと上がる。


 辺りを見回すと100メートル位の先から、

サラリーマン風の男が、この建物の方に向かい歩いて来たので


「よし、コイツの近くに落としてやる」


 モラルに定評のある私は、安全の為に

サラリーマンが通り過ぎてから、スパナを落とそうと思う。


 段々と近付くにつれ、俺の心拍数が上がっていくのが分かる。


「あ、しまった!」


 予定よりも早く落下していくスパナは、ゴム手袋を着けたままの手から、滑り落ちてしまったのだ。


 数秒してから、ゴスッと鈍い音がしたので

下の様子を見てみると、サラリーマン男は頭から地を流して倒れている。


 それを見た私は、何とも言えない恍惚感を

得た。


「あああーーー」


 興奮が覚めて冷静になると、ここにいては

捕まると判断


 1階に下りて、人の目につかないよう気を

付けながら、恐る恐る現場を後にした。




 翌日の夕方

俺が侵入した工事現場はニュースに、ずさんな事故とて取り上げられていた。


 そして、男の命に別状はなかったようなので、私はホッと胸を撫で下ろした。


「良かった…………まだ続けられる」


 さすがに、事故が起きてしまった同じ現場で『ヒューストン』は出来ないだろう。


 他の穴場を探さなければならない。




 次の日曜日、隣町にある建設中の市立病院があると聞いたので下見に行くことにした。


 休日の夕方ならば、間違いなく現場の中に

人はいないであろう。


 私は伸縮するアルミのハシゴを使い、塀を

乗り越えた。


 建物の中へ侵入すると、まずは低層棟の最上階の3階に上がり、部屋の一つ一つを懐中電灯で照らしながら調べて回る。


「素晴らしい」 ここならば敷地も広いので、色々な窓から『ヒューストン』を堪能することが出来るぞ。


「楽しみだな」


 もう帰ろうと思ったが、鉄筋コンクリートに使用する骨組みの鉄筋が束になって置いてある。


「これは、落としがいがあるぞ」


 今日は下見に来ただけ。 と自分に言い聞かせながらも、ウズウズする衝動が抑えられなり、私は鉄筋を持てるだけ持って、低層棟の

屋上に上がっていた。

 

 どこに落とそうかな? 鉄筋を手にして

地上を見下ろすと、ゲートが開いて駐車場に車が1台止まっているではないか!


 何故、休日のこんな時間に人が来るんだ?

と考えてみた。


 そうだ。 最近この辺で、金属を盗んでは売り払っている奴がいると新聞で読んだな。

 

 それで見回りに来たのか。


 これはマズイぞ、早くここから立ち去ろうと

ペントハウスに戻ると、階段したから足音が

聞こえてきた。


 私は気配を消して、ペントハウスの裏に身を

隠すと、巡回員は間も無くしてやって来た。


「誰かいるのか!」 巡回員は叫び、懐中電灯を照らしながらペントハウスの周りを調べだす。


 息を殺し懐中電灯の光から音を立てず逃げ、巡回員はそれを追うようにペントハウスを1周してから異常がないと確認して、その場を立ち去ろうとした時


 ガラン!と鉄筋の一本が音を立てて、床に

転がった。


 つい、ホッとして気が緩んだのだろう。

私は鉄筋を落とし、その音に気づいた巡回員に、とうとう見つかってしまった。


「おい、お前! 何をしているんだ!」 と懐中電灯の光を当てられる。


「お前は、最近ここらで盗みを働てる鉄泥棒だろ?」 と叫ぶ。


 何、この私が鉄泥棒だと?

彼は何を言っているんだ。


 私は、高い所から物を落とすのが好きなだけの罪の無い善良な男

なのに私を犯罪者扱いとは不快だ。

 

「聞いてください。 私はただ、高い所から………」


「貴様は何をいっいるんだ!」


 コイツ、怒鳴るだけで私の話に耳を傾けようとしない。

 それどころか、私を捕まえようとしている。


こうなったら仕方がない。 私の楽しみ奪う者には容赦は出来ない。


 それに応援でもこられたら厄介なので、私は躊躇なく巡回員を突き落とす。


「ウワーーー!!!」 と声を上げ数秒後に

ドフッと鈍い音がした。


 その落ちていく姿に興奮すると、私は失禁をして最高の快感が身体を巡った。

 

「○○さん!○○さん!」 と下の方で声が

聞こえる。


 身を屈めてそっと下を覗いてみると、もう

1人巡回員がいたようで、落とした巡回員に声をかけている。


 彼が反応しないので、どこかに電話をかけだした。


 間違いなく警察に電話をしているのだろう。

不本意とはいえ、私は人を殺めてしまった。

 いくら情状酌量の余地があるとはいえ、このまま捕まってしまったら、余りにも私が気の毒だ。


「チクショウ! もう後がない」


 それならば一層の事、屋上から飛び降りて、

私自信が最後の『ヒューストン』になろう。


 高層棟の屋上までの階段を登り外に出ると、

パラペットに右足をかけて「1、2の3!」と意を決して飛び降りる。


「アーーーーーーーーーーーーー!!!」


 雄叫びを上げて落ちる私の身体は、意外と

速く落下して、『ヒューストン』を感じることなく地面に衝突すると、 ゴスッ!!と鈍い音が身体中を駆け巡り一瞬で全てが終わった。








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男が語る短編集 道化のサムシング @1848818

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