男が語る短編集

道化のサムシング

テレポーテーションタクシーの男

 俺の名前は……ま、そんなのはどうでも

いいじゃないか


 ただ、俺を一言で言うなら個人タクシーの

運転手って奴さ


 俺のタクシーには、他の車にはない取り柄が一つあって、テレポーテーションで世界のあらゆる所に行けるのさ。


 その事が裏の世界で知れ渡り、一事はヤクザの鉄砲玉の逃走を手伝わされたり、薬物の運搬

など犯罪の片棒を担がされたりしたものさ。


 それでも代金さえもらえりゃあ、見て見ないふりするのが俺の流儀だが、嫌気がさす時もあってね。


 緊急の病人やら、待ち合わせや面接とかに

遅れそうになっている奴を送って感謝された時は、こんな俺でも社会の為に役立っているんだなと思えて、こっちが救われた気持ちになるもんだ。


 ま、そんなタクシーなんで値段の方は他の

タクシーよりもお高くさせてもらっている。


 たまに値段が高いって、ケチを付ける奴もいるが、そんな下らねぇ奴には知らん土地に置いて捨てたりするのさ。


 ま、そんなこんなで今日も仕事を始めるとしますか。




 午後から降りだした生憎の雨が、ボンネットを叩く。


 なんだか気が乗らない。

今日は、3人をテレポーテーション無しで乗せただけだ。


「そろそろ帰るとしますか」


 風呂上がりのビールが待つ自宅にタクシーを走らせた。


「今日の雨は、まるで泣いているようだな」


 そんな独り言を呟いていると、黒い服の女が俺のタクシーに向かって手を上げている。


「ビールと風呂は、お預けか」


 仕方がない、車を止めて女を乗せる。


「お客さん、どちらまで」


「このまま、適当に走ってくださるかしら」


 変わった注文をつける客だな。


 ルームミラーで覗き見ると女は喪服は着ていて、悲しみに暮れた表情をしている。

親しい人が亡くなったのだろうか?


 この雨は、彼女が誰かの為に泣いている悲しみの雨なのかな?

 そんなことを思いながら、10分程車を走らせていると女が

「運転手さん、何かお話をして」 と声を掛けてきた。


「すいません。 自分お喋りは苦手なものでして」 


 女は「フフ」と笑うので変な女だな。 

俺をからかっているのかと気になって

「お客さん、どうかしましたか?」 と尋ねてみると


「いえ、貴方が昔の知り合と似てまして、その人と同じ質問をしたら同じ答えが返ってきたので、つい笑ってしまいました」


「自分がですか?」


「ええ、無口な人でした」


 参ったな。  変な客を乗せちまった。

調子を狂わされるので、気分を変える為に

「ラジオをつけてもいいですか?」 聞くと

無言で頷く女 


 つけたラジオからは、俺の好きな歌手の好きな曲が流れている。


 女が曲に反応をしたようなので、気になり

ミラー越しに彼女の顔を覗いてみると、今ラジオから流れている曲を歌っている歌手であった。


「お客さんって?」


 女は俺が言葉をかけると、無言で外の景色を

眺める。

 どうやら今は、気付かれた事に気付かれたくないようだ。


 俺は彼女の歌が好きなので、ラジオによく

リクエストをする。


 そして今日は地方都市でコンサートがあるから、この時間に彼女がここにいるはずがないのだが……一体どうしたんだ?


 何か訳がありそうな気がするので、ラジオを止めた。


 客の事情に自から首を突っ込まないのが俺のルールで、あえて何があったかは詮索しない。


 女は窓の景色を眺めたまま、自分の曲を歌い出す。


 彼女が歌っている曲は雨の日に亡くなった男(ひと)を想う歌で、彼女の持ち歌の中でも俺が一番に気に入っている曲なのだが、生で聞く

彼女の歌声は素晴らしく、今日の俺は運がいいとさえ不謹慎にも思えてしまった。


 雨と喪服の女、彼女の歌と相まった情景になっている。


 歌い終わった女は

「運転手さん、私の話を少し聞いもらってもいいですか?」 と聞いてくるので

「……どうぞ」 と答えると彼女は自らの事を語りだす。


「私は子供の頃から歌手に憧れていて、将来は

歌に関係するお仕事につきたい、と思っていました」


「ある日、地元で歌自慢を募った大会が開かれ、私はその大会に出て優勝する事ができました。

そして、優勝した私の歌を聞いた芸能事務所の人が私をスカウトしてきたのです」


「デビューの条件として異性関係を精算しろと言われて、夢と引き換えに当時付き合っていた男(ひと)を捨てました」


「さっき言っていた、私に似ているって方の

ことですか?」


 俺の質問に無言で頷く女

参ったな。 俺と似た男が彼女の夢と秤にかけられて捨てられる…………か。


 聞いていて、気分のいいもんじゃないな。

そんな俺の気持ちをよそに女は話を続ける。


「その彼は私が上京してからも、私の事が忘れられないと毎月手紙を送って来るんです」


「その手紙を見るたび、私の事は忘れて諦めてほしかった。

 地元でのコンサートには、彼の姿は必ず見かけました。

 その度に歌いながら、貴方と私では住む世界が違うから、その事にいい加減気付いて と

心の中で繰り返していました。」


「そんな月日が流れ6年、とうとう手紙が来なくなり、やっと私の事を諦めてくれたと安心して、これで心置き無く歌手を続けられると思いました」


「そうしたら昨日、実家から連絡があり彼が

亡くなったと聞かされました。

 彼は自分が病気だと分かってからは、手紙を書かなくなりコンサート会場にも足を運ばなくなったそうです」


「あの手紙がもう来ないと思うと……

地元のコンサートで彼の姿をもう見ることが

無いと思うと……

過去の悪夢だと思っていた彼の事が、何故か

思い出すと涙が溢れてくるのです」


 女は流れる涙を押さえて話を続ける。


「もし歌手を選ばないで、彼とそのまま結ばれていたら、今頃きちんとお別れができたのかな?って考えちゃうんです。

虫のいい話ですよね」


「後悔しているんですか?」


「私の事を思っていてくれた人に、お別れを

言いたいのに仕事で帰れない私

 その事が吹っ切れずに後ろ髪を引かれて、

仕事を逃げ出している私

 そんな半端な自分が嫌になります」


 彼女の揺れ動く心を助けるべく、俺はある

提案をしてみようと思う。


「お客さん、彼にサヨナラを告げられるなら、吹っ切れますか?」


「えっ?」


「サヨナラを告げれたとしたら、ステージに

立って歌うことが出来ますか?」


「フフフ、面白いこと言うのね。

私の故郷は遥か北

 今日のコンサート会場はここから、どんなに早くても2時間以上かかる場所、無理に決まってます」


「どうなんですか?

私は貴女の本当の声が聞きたい」


………………無言の女、俺はそんな彼女を

ミラー越しに真剣な眼差しを向ける。


「ええ、彼とお別れが出来てから歌えるのなら、私は迷わずにそうします。」


 そんな事が出来る訳がない。 

それが分かっていても、真剣に答えてくれる女


「自分のタクシーに乗ったのは、運が良かったですよ」


 俺は、無理に彼女の地元の住所を聞くと、

渋々教えてくれたのでナビゲーションにそれを打ち込み、テレポートで彼女の実家まで飛んだ。  


 変わる景色に懐かしき家の前

「嘘でしょ?」 と女は驚く 


 目的地の葬儀場まで車を走らせ、彼女を降ろすとタバコに火をつけて告別式に向かう女の

背中を目で送る。


 1時間後に女は戻ってきた。


「ありがとうございました。

あの人にお別れを言うことが出来ました」


 礼を言う女の表情は、タクシーで拾った時より晴れているように見えた。


「礼は、まだ早いですよ。

次はコンサート会場に飛びます」


 コンサート会場の住所を打ち込み、再び

テレポートで飛んで会場前に着いた。


 彼女は代金を払おうと財布を鞄から取り出たが、メーターを見るとテレポートの料金で、

かなりの額になっていた。


「申し訳ありません。

その金額は持ち合わせてないので、今はお支払することが出来ません。

後日必ずお払いしますので」


「代金なら結構、もう頂きました」


「えっ?」 と戸惑う女


「私だけが聞いたさっきの一曲、あれで十分です」


「ありがとうございます」 女は深々と頭を

下げお礼を言う。


「さあ、お客さんが待ってますよ」


 降りしきる雨の中で深々と頭を下げてから、コンサートホールに消えていく女、俺はその後ろ姿をただ見ていた。


そして、今日も彼女は歌い続ける。




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