現代

 あれから十年以上も経つ。


 あいかわらず借家のままな我が家の、屋根の上に腰かけて町の景色を眺めつつ、そんなことをぼんやりと思い出したのは、たぶん僕の人生がもうすぐ終わるということを、自分自身で受け入れたからなんだろう。


 町のそこここでは黒い煙が青空に向かってたちのぼり、赤い火の手もちらほらと見えた。「こう」なってから、もう一ヶ月以上も経つというのに。そして町じゅうの路地を、異様に顔色の悪い住民たちが低いうなり声をあげつつ、練り歩いている。


 あらゆるインフラが寸断されて、「こう」なった原因とかはよくわからないが、ひとつだけ確かなのは、この世界にいわゆるゾンビアポカリプスが訪れたということだ。


 そう、世界はゾンビによって終わる。おそらく、もうあらかた終わってしまっている。


 僕は「こう」なる予兆が見えてすぐに、隣町のアパートから慌てて実家に駆け付けたのだけど、両親はとっくにゾンビになっていた。そいつらを必死で外に締め出して鍵をかけ、心配性のふたりがたっぷり備蓄してくれていた食糧で飢えをしのいで今日まできたけれど、それもとうとう底を尽きた。だから、屋根の上に出てひさびさに青空と外の空気を満喫している。


 僕というエサの匂いをかぎつけたゾンビたちが、軒下にどんどん集まってくる。両親も混じっているかもしれないが、もうよくわからない。そのうち連中はお互いの体を踏み台によじのぼって、ここまでやってくるだろう。そして逃げ場のない僕は、お腹の柔らかいところだけむさぼり喰われて、残った体で彼らの仲間入りを果たすというわけだ。


 あー。冷静に考えると、めちゃめちゃ痛そうだ。受け入れたつもりだったけど、やっぱりすごく嫌だな。そう思い直したとき、ふと視界の端に奇妙なものが見えた気がして、視線をそちらに向ける。


 いつからそこに立っていたのだろう。それは電柱と変わらない背丈と太さの、とても立派な一本の竹馬だった。


「おまえ……タケオ……なのか?」


 まさかと思いながらの僕の問いかけに、竹馬は嬉しそうに三回、その場で跳びはねて答えてくれた。


 僕は、タケオがちょうど屋根の高さに合わせてくれた足場に迷わず乗り移った。もちろんゾンビの手なんか届かない。久々のタケオの乗り心地はあのころよりずっと力強く頼もしくて、ゾンビを蹴散らしながら風を切って、僕らは廃墟と化した町の中を跳びまわり、駆けぬけた。


「まずはモールに寄って、ちくわを探そうか」


 こうして僕とタケオの、二人一脚の旅が始まった。 

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竹馬のおもいで クサバノカゲ @kusaba

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