17話

「話は、歩きながらでいいか?」

 朝霧君はそう言うと、わたしうなずくのを待ってから歩き始めた。土地神は、この脇道だと遠回りになると言っていたけど、話をするにはちょうどいいだろう。

 口を開けて、だけど何も言えないまま再び閉じる。このわずかな間にそれを何度かえしただろう。本当はすぐに話を切りだすつもりだったのだけれど、思った以上にそれは勇気が必要だった。

 なにしろ私にとって、今までだれにも言ってこなかったみつに関わることだ。そう思うと、かんたんに言いだすことなんてできなかった。

 この前の夕方といい、なんだか朝霧君と二人でいると、いつもこんなちんもくが起こる気がする。

 だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない。まずは、話しやすいないようから聞いていくことにした。

「どうして戻ってきたの?」

「暗い中、女の子が一人で歩くのはあぶないだろ。それに、あんな風に人がいなくなったんだ。心配にもなる」

「心配してくれたんだ」

 嬉しくて、横にならんで朝霧君の顔を少しだけのぞんだ。それが恥ずかしかったのか、朝霧君は僅かに目をそらした。

「お守り、見つかってよかったな」

 朝霧君が話題を変えるように言った。それを聞いて、さっき土地神から返してもらったお守りをポケットから取りだすと、目の前にぶら下げてながめた。

「大事なものなのか?」

 朝霧君が不思議そうにたずねてくる。確かに、つうなら必死になってさがすほどのものでもないだろう。けれど、私はそれに頷いた。

「うん。お父さんとお母さんとの、最後の思い出だから」

「最後って……」

「私の両親、くなったの」

 私が中学校二年の夏、家族旅行の帰りに両親はで亡くなった。このお守りは、その旅行中に両親が買ってくれたものだった。

 朝霧君は良くないことを聞いたと思ったのか、もうわけなさそうな顔をしている。私が両親の話をすると、ほとんどの人が最初はこんな表情になる。

 それは無理もないことかもしれないけれど、私はそういうはんのうをされるのを望んではいない。だからこういう時はあえて明るく言うようにしていた。

どうじょうとか別にいいから。そりゃあさびしいとは思うけど、そのせいで自分が不幸だなんて思ったことはないよ」

 最後のは、少しだけ嘘。両親が死んですぐは、それこそこの世の不幸を一身に受けているか のような気がしていた。

 だけど一人じゃなかったから、おちゃんをはじめ周りの人がささえてくれたから、だから今ではこんな風に言えるようになっている。

 少し話をしたおかげで、だんだんと落ち着いてきたような気がする。

 静かに息を吸い込み、いよいよ本題に入ろうと、私はかくを決めた。とたんに、それまで大 人しくなっていたしんぞうが、ドクンと大きな音を立てた。

 どれだけ落ち着いたつもりでも、いざそれを言おうとするとやっぱり怖い。それでも、不安をるように声を出す。

あさぎり君って、見えているよね……」

 あえて何がとは言葉にしなかったけど、もちろんそれはあやかしのことだ。

 このしつもんは、ただのかくにん作業だ。げんに朝霧君は、さっき私といっしょに妖――せいかくには土地神だけど――の姿を見て会話までしている。わざわざ聞かなくても、すでにその答えは明らかだった。

 だというのに、私の声はふるえていた。もしかしたら、けんとうちがいの答えが返ってくるんじゃないか。そんな不安がぬぐいきれない。

 なにしろ今まで、妖の姿が見える人なんて私以外には誰もいなかった。そのことをわかってもらおうとするたびに、変な子だと思われ、うそつきと言われ、気味悪がられた。

 そんなおくが次々と浮かんできては、私の心をける。

 実は全部私の思い違いで、朝霧君も本当は妖なんて見えずに、私のことをおかしいと思うんじゃないか。このつらさをわかってくれる人なんて、どこにもいないんじゃないか。

 いやそうぞううずいて、今言った言葉を取り消してしまいたいとさえ思ってしまう。

 いつの間にか足は止まり、ただ朝霧君の答えだけを待っていた。かれが口を開くまでの数秒が、 えいえんとも思えるほどに長く感じた。

「見えるよ」

朝霧君は、静かにそう言った。

「俺にも妖が見える。その……いつと同じように」

 もう一度、言った。妖が見えると。

 私はしばらくの間、時が止まったようにその場で固まっていた。朝霧君の言った言葉が何度も頭の中で繰り返され、ゆっくりとその意味をめる。

 妖が見える。その一言が、私にとってはどれほどの重みがあるだろう。

「五木?」

 名前をばれて、はじかれたように体を震わせる。そこで私は、初めて自分のかいがぼやけていることに気づく。いつの間にか、目にはなみだがたまっていた。

「あれ……なんで……」

 まどいながら、あふれてくる涙を手でぬぐう。急に泣きだした私を見て、朝霧君が焦ったようにさけんだ。

「五木、だいじょうか?」

 私だって、どうして自分が泣いているのかわからない。けれど悲しいわけでもないのになぜか涙は止まろうとしない。そればかりか、むねおくからいたみや想いが、溢れ出るようにこみ上げてくる。

 そのことに戸惑って、同時に泣いている姿を見られているのがずかしくて、いたたまれなくなって、そこから逃げだそうとした。

 朝霧君になかを向ける。けれどけだすよりも早く朝霧君の手がびて、私のうでを掴み、そのまま体をせた。その拍子に、朝霧君の顔が一気に近づく。

「……本当に、見えるの?」

 間近に迫るその顔に向かって、えつじる声で聞いた。

 もしもどこかにそんな人がいるのなら、自分一人でかかえている秘密を打ち明けることのできる誰かがいるのなら、会ってみたいとずっと思っていた。

 だけどいざげんじつあらわれた今、そのしょうげきに心が追いつかない。

「ああ、見える。だから五木も、かくしたりなんかしなくていい。本当は怖いのに、無理して平気な顔なんてしなくていい」

 朝霧君が優しく言う。私を少しでも安心させようと、せいいっぱいがおを見せていた。

 けれど、近くにいるからわかってしまった。その手は私と同じように震え、笑顔はかすかにこわっていることを。

 その理由はきっと、私が秘密を明かすのを恐れていたのと同じだ。朝霧君もまた、このことを打ち明けるのをこわがっていたんだとさとる。

 それに気づいたしゅんかん、それまでどこかにあった、恐れや不安が消えていくのを感じた。

 自分だけが。そう思うのがずっと苦しかった。誰にも打ち明けられないのがつらくて、何でもないと周りにごまかすたびにどくを感じていた。

 だけど、それは私一人じゃなかった。そのことがただ嬉しくて、その思いは涙となってこぼれていった。

「うぅ……っ……」

 嗚咽がれ、のどが、胸が、苦しくなる。

 涙はますます溢れだし、ほおを伝って足元をらしていった。

 ポン――――

 不意に、頭の上にやわらかなかんしょくが広がった。

 僅かに目を向けると、泣いている私を落ち着かせようと思ったのか、朝霧君の伸ばした手が私の頭を優しく叩いていた。

 ポン――――ポン――――

 何も言いはしなかったけど、その代わり私が泣きやむまで、何度も何度も優しく叩いた。

 その手の感触を受け止めているうちに、不思議と穏やかな気持ちになっていく。

 そっと顔を上げた私に、朝霧君はもう一度笑いかけた。ぎこちなくて不器用で、それでいて 優しい笑顔だった。

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妖しいクラスメイト ~だれにも言えない二人の秘密~ 無月兄/カドカワ読書タイム/カクヨム運営公式 @kakuyomu_official

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