──そして、今に至る。


 部屋の隅には座るところがなくなった霊の彼女が佇んでいる。出会った当初と見た目は変わりないはずだけど、僕には彼女が日に日に綺麗になっていると思えた。


 僕は、若干殺風景になった部屋の中央で彼女の物だったアンティークな白い小ぶりの椅子の上に立ち、天井からぶら下がるロープの輪っかに首をくくり、不安定な足元で身体を揺らしている。


 傍には彼女がいる。

 このままの状態でいるのもいい加減に終わりにしよう。


 今度の今度こそ覚悟を決めて、僕は足元の椅子を蹴り飛ばした。とたんに首元のロープには僕の身体の全体重がのしかかり、水の中にいるわけでもないのに呼吸をすることができなくなった。


 意識が飛びそうになりながら、苦しみにもがいていると、やはり失敗作のDIYであったのか、天井の穴に通したロープはするりと抜けて、ロープにぶら下がっていたはずの僕の身体は床に叩きつけられた。


 首にはロープが締まっていないはずだけど、しばらく呼吸ができなかった。

 ようやく新鮮な空気を肺に取り込むことができて、でもすぐに嗚咽した。


 この時また新たな矛盾に気付いた。


 これまで屁理屈を並べて死ぬことを必要と感じていたけど、どうやら僕の身体は自然と死ぬことを拒んでいたようだ。それに死にきれなかったこの無様な状態に「助かった」と心底思ってしまった。


 すると「ふふふ」と微かに女性の笑い声が聞こえた。

 部屋の隅に佇む霊の彼女が笑っていた。


 初めて彼女の声を聞いて、僕は驚いた。


 ただその髪の隙間から覗く笑顔が、これまでにない、おぞましく恐ろしいものに僕は感じた。


 そして彼女は消えた。






 僕には分からない。僕にはまだ「死」は程遠いものかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だけど死ねない そのいち @sonoichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ