こうして、龍虎相対す
「それじゃ、九段。お疲れ様」
「お疲れ様~。みーちゃん、今日はもう帰るの~??」
放課後、職員室前。
日直日誌を担任の先生へ手渡し終えた僕は、鞄を肩へかけた。
「帰るよ。用事もないし」
「だったら、一緒に帰ろ~☆ 私も部活ないし!」
「えー」
「む~! みーちゃんは私と一緒に帰りたくないって言うのー」
「……そういうわけじゃ。近い、近いって!」
九段が詰め寄ってくると、微かにシトラスの匂いがした。柑橘類は小さい頃から好きだ。
女の子慣れしてない僕はそれだけでどぎまぎしてしまう。
こいつは、話し易いけれど可愛い。一部の男子達のカテゴリーでは、十都千鶴と並ぶ『S級女子』とされている位だ。
「にしし~♪ みーちゃん、照れてなくてもいいのに~。昔は……」
「? 九段??」
突然、九段が口籠り、僕の後方を鋭く睨みつけた。あと、昔って、お前とは中学で出会ったと思う。
僕は戸惑いつつも、振り返る。
そこにいたのは、
「………………」
それはそれは美しい微笑みを浮かべている、十都千鶴だった。
つかつか、と近寄って来る。
同時に、九段も離れ、両者相対。
「……
「ん~いいよ。みーちゃん、ごめん。私達、大事な話があるから――デートはまた今度ね☆」
「! デ、デートって……」
「行きますよっ! 八月十五日さんっ!!」
十都さんは荒々しく九段を促し、次いで僕を鋭い眼光で睨みつけた。ひぇ。
対して、九段はニヤリ。
「はいはい~。お姫様の仰せのままに~。……抜け駆けしたくせに」
「っ!」
「?」
今、九段の奴、十都さんの耳元で何か囁いたような??
状況についていけない、僕に構わず、二人の女の子は颯爽と歩いて行った。
今朝のノートといい、いったい、何がなんだか。
「……鯛焼きでも食べて帰ろう」
僕は呟き、頭を掻いた。
※※※
屋上に人はいなかった。
前方を歩く、女の子の背に声をかける。
「――ちーちゃん、話って何? 言っとくけど、初めに協定を破ったのはそっちだよ?」
「…………くーちゃんはいいですね。みーちゃんと仲良くて」
十都千鶴――私の幼馴染は振り返り、睨んで来た。
そう、私と彼女はみーちゃんこと、
……幼稚園の頃に引っ越した私のことを彼は覚えていないけれど。けれどっ!!!
腕組みをし、詰問する。
「だからって、あのラノベをみーちゃんに読ますのは反則じゃない? あれは、私達が遊びで考えた物でしょ? ちーちゃんがどういう女の子が好きなのかを研究する為に。……しかも、登場人物を自分に置き換えるなんて!」
中学で再会したみーちゃんは、小さい頃と同じ、優しくて穏やかで、ラノベとか漫画好きな男の子に成長していた。
一目惚れ、だった。
幼稚園時代に一緒によく遊んだ男の子と再会して、恋に落ちる。
それこそ、ラノベみたいだ。
――問題は、彼をじーっと、見つめる女の子がもう一人いたことだったけれど。
ちーちゃんが両拳を握りしめる。
「だ、だってだって、くーちゃんは、毎日たくさんお話しているのに、私とは全然してくれなくて、むしろ、避けられてて……私は覚えてもらってる幼馴染なのにっ!」
「かっちーん。それ、今、言っちゃうんだぁ……へぇ~……少しは、ちーちゃんに遠慮しようかな? って思ってたけど、ふ~ん、そんなんだぁ……なら、もう遠慮しな~い」
心に激しい炎が噴き上がる。
そして、おそらくこの中学校で一番美人な幼馴染へ告げた。
「――あたしは、みーちゃんを譲るつもりはないからね?」
「……奇遇ですね。私もそっくり同じ気持ちでいますよ?」
「「……うふふふふふ……」」
互いに近づき、相対する。
――レモンの香り。
みーちゃんは、柑橘類系が好きなのだ。
私達はお互い見つめ合い、同時に宣言した。
「「――最後は私が必ず勝つっ!!」」
※※※
「!?」
「ん? どうしたい?? 三輝坊。ほれ、焼きたてだ」
「い、いえ……ありがとうございます」
鯛焼き屋のお爺さんに代金を渡しながら、鯛焼きを受け取る。
……今、寒気がしたような?
小首を傾げながら、熱々の鯛焼きにかぶりつく。美味しい。
幼稚園の頃、お小遣いをもらって、こうして食べたっけ。
十都さんとそれと――……もう一人、女の子がいたような?
「ん~……」
結局思い出せないまま、僕は小首を傾げながら、家路につくのだった。
僕のS級幼馴染が強過ぎるっ! 七野りく @yukinagi
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