幼馴染が『僕のS級幼馴染が強過ぎる』というラノベを書いていた件

「え、えーっと……」


 早朝の学校。

 日直の為、誰もいない時間に登校した僕、一二三輝つまびらみつきは、十四年の人生で一番戸惑っていた。

 昨日、綺麗にしていった筈の机の上には、一見、何の変哲もないノート。

 何故か、表紙には僕の苗字が書かれているが……知らない。

 学内で一二なんて苗字の人、他に……いないよなぁ?

 ただ、僕の字は特徴的だし、表紙の苗字で置かれたのかな? と思い捲ってみたところ……中に書かれていたのは、ラノベの冒頭部分を思わせる文章で、タイトルは『僕のS級幼馴染が強過ぎる』だった、というわけだ。

 ノートを閉じ、考える。

 文字からいって、これを書いたのはおそらく女子。……というか、僕の字に似すぎなのでは?

 なお、作中に出て来たように、僕を『みーちゃん』と呼ぶのは、家族以外では二人しかいない。

 まさか……十都千鶴ととちづるが?


「いやいやいや、まさか」


 僕の声が誰もいないクラスに響く。

 ノートの中で『S級幼馴染』と形容されていた通り、彼女は学内ヒエラルキーの頂点に位置する存在で、完全無欠の美少女だ。

 そして、僕は平々凡々。モブの一人に過ぎない。

 幼馴染ではあるし、生まれた日も一緒だし、小さな頃、子供同士の約束――所謂『大きくなったら、お嫁さんに~』というやつをした記憶もある。

 でも、『ちづ』と呼んでいたのは小学校低学年だし、中学入学以降は、学内はもとより、プライベートでもまともに会話をした記憶もない。

 そんな子が、僕に……こ、恋をしているなんて、そんなこと……第一、この字は彼女の字じゃないわけで。


「おーっすっ! みーちゃんっ!!」

「!!?!!!」


 いきなり、背中を叩かれた僕は字義通り、跳び上がった。

 振り向き、怒る。


「お、おまっ! 九段くだんっ!!」


 そこにいたのは、ショートカットで快活そうな女の子だった。……僕よりも、大分背が高い。

 名前は、八月十五日九段ながあさくだん

 中学入学後、偶々同じラノベを読んでいたこともあり、友人になった。

 部活は水泳部。しかも、全国レベルだ。

 本人に言ってはいないけれど、男子の間で人気は高い。

 九段は「にしし♪ 日直の相手があたしだからって、油断し過ぎじゃない?」と言いながら、隣の机に鞄を降ろした。


「みーちゃん、来るの早過ぎー。だから、駅で待ち合わせしようよーって言ったのにさー」

「そ、そんなことしたら、変な噂立てられるだろう。ほ、ほら、早く仕事を―ー……」


 僕はそこで言葉に詰まった。

 ――まだ、ノートを隠していない。

 何となくだけれど、これを九段に見せるのはマズイ気がする。

 自然な振りを装い、机と九段との間へ移動。

 どうにか、誤魔化して仕舞えれば……。


「で~……みーちゃんは、何を隠しているのかなぁ?」

「! べべべ、別に何も隠してなんか」

「隙ありっ!」

「!」


 水泳部のエース様は見事なステップで回り込み、ノートを奪取した。

 すぐさま、目を走らせ――ジト目。若干、距離を取られた。


「……一二君、これはちょっと」

「ち、違うからなっ!」

「でも、これ、みーちゃんの字じゃーん。まんまる~」

「た、確かに似てるけど……ぼ、僕は書いてないっ!」


 必死に訴えるも九段は猜疑の視線を変えない。

 ど、どうすれば信じて……。


「――おはようございます。一二君。八月十五日さん」

「「!」」


 涼やかな声が耳朶を打ち、僕等は教室の入り口を見た。

 ――十都千鶴が微笑を浮かべている。

 しどろもどろになりつつ、応じる。


「お、おはよう、十都さん」「……おはよ、十都さん」

「御二人共、早いんですね。忘れ物をしてしまって……私が一番乗りかと思ったんですが。」

「ぼ、僕等は日直だから……」「あ、ねー十都さん。このノートって、貴女の?」

「! 九段っ!!」


 僕が止める間もなく、九段は十都さんへ近づきノートを見せた。

 すると……


「あ………………う~……」


 十都さんの頬が真っ赤に染まった。

 そして、鞄で顔を隠し、早口。


「よ、読んだんですか? 読んじゃったんですかっ!?」

「あ……う、うん…………ご、ごめん、その……僕の机の上にあったから……」

「うぅぅぅぅ…………」


 十都さんは呻き、そして、僕へ向かって来た。

 鞄を取り――視線が交錯。


「み、みーちゃんが悪いんですっ! わ、私はずっと、ずーっと、約束、憶えているのに……」

「え、えーっと……」

「…………ノートも読まれてしまいましたし、責任、取ってくれますよね? あと、私のことは『ちづ』って呼んでくださいっ!」

「あ、あの、その……」

「あーはいはい。そういうのは後でやってねー。十都さん、はい、ノート!」


 九段は僕達の間に割り込み、ノートを十都さんへ押し付けた。

 やや不満そうにしながらも、彼女は受け取り、僕へ微笑んだ。


「……一二君、ここに書かれていること、嘘じゃないですからね?」

「え、あの……」

「みーちゃん、ほら、さっさと仕事するよー。……十都さん、また後でね」

「はい――……また後で」


 九段が僕の首根っこを掴んだ。

 日誌を取りに職員室へ行かないといけないのだ。

 最後のやり取り、ちょっと、怖かった……。


 でも、十都さんが、あんなことをノートに書いているなんて思わなかったなぁ……。

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