ネガディブクリスマス

ミヤシタ桜

既存曲をなぞるクリスマス。

 既存曲をなぞるように、夜景を見てイルミネーションを背景に写真を撮って、手を繋いで、大きな木の下で仲良く歩いて。僕たちは、そういうなんの変哲もない普通のカップルのように、クリスマスを過ごす予定だった。

 けれど、その予定は突拍子もなく崩れた。

 ごめん、ただその一言だけだった。不幸せな別れだろう?その時の声は今でも鮮明に描くことができる。優しくて暖かくて、そして苦しくて。そんな声。

 それは一年前のクリスマス前日12月23日の晴れた夜だった。

 

 僕たちは、根本的に合っていなかったんだと思う。

 好きな芸能人にしても、好きな食べ物にしても、好きなゲームにしても、好きな小説にしても。全てが違った気がする。

 それでも、僕たちが付き合っていたのは煙草を吸っていたという共通点と、音楽の趣味があっていたからだと思う。


 タール多めでショートの煙草を好んで僕たちは冷たく寒い外でよく吸っていた。煙草の苦い味が口と肺いっぱいに広がったけれど、それ以上に先輩といるだけで全てが甘かった。


 また、オヤジ臭くて、がなり声で、酒焼けしたようなあの歌手が僕たちは好きだった。

 もちろん、透き通った声や力強い声も、嫌いではない。けれど、そういう人たちよりオヤジ臭いシンガーに限って、酒を飲んで煙草を吸って、人生の過ごし方を踏み外している気がしてどこか親近感が湧く。


 今頃先輩は、きっと別の誰か——僕よりももっと優しい人と付き合っているのだと思う。

 


 日が暮れ辺りが薄闇に染まった駅のホーム。秋の冷たい風とモノクロの光は心の痛みを助長した。

 改札を出ると、目の前には巨大な木とその周りに植えられた街路樹に施された眩しく光る色とりどりのイルミネーションが街を彩っている。

 その風景は、誰が見ても綺麗な景色だというだろう。もちろん、僕も綺麗だとは思う。

 けれど、その風景を愛すことができるか否かと問われれば、それはできないと答える。

 当たり前だ。たとえ、どんなに美しくて儚くて輝かしくても、愛し合う人が隣にいなければそれは無意味だ。


 イルミネーションが施された木の近くに行くと、そこには手を繋いで仲良く歩くカップルが大勢いた。その大衆の中には、口と口を付け合うものもいる。

 肌を刺すような寒さも、愛する人さえいれば、その寒さすらも温もりに変化するのだろうと思う。

 そんな中、独りポツンと立つ僕は周りから笑われている気がした。

 




 家に帰る途中、消え掛けの蛍光灯を頼りに僕は歩いていた。

 ポケットから煙草の箱を出す。寂しそうにする口に煙草を差し、ライターで火をつけ、煙を吸う。肺の煙の濃度が高くなる。そして、煙が空高くまで上がっていく。

 ふと、涙が頬をなぞる。

 これは一体、何に対しての涙なのだろうか。

 カップルに対する嫉妬か。元カノに対する執着か。それとも、クリスマスに対する憤怒か。

 わからない。わからない、けれど僕はとにかく悲しかった。

 涙が止まらない。ありきたりな表現だが、ダムのようなのだ。

 止まれと命じたところで、止まる事はなくそれは愚か、さらに涙は出てくる。

 その時だった。

 「ねぇ、クガヤマくん?」

 後ろから聞こえた、その声は優しくて暖かくて、そして苦しかった。

 「せん...ぱい?」

 僕は尋ねる。

 「うん。先輩だよ」

 「なんで...ここに...」

 嗚咽を上げながら、僕は先輩を見る。

 真っ白なマフラーに、群青色のセーター。そして、明るいグレーのスカート。

 その格好は、先輩らしい落ち着いた彩りだった。

 「あのさ、私たちもう一度やり直さない?」

 その言葉は、残酷だった。

 「今更、何言ってるんですか」

 「本当にごめん。私が振ったって事はわかってる。けど、私にはクガヤマくんしかいないってわかったの。ねぇ、もう一度やり直さない?」

 本当に、本当に残酷だ。一年前の今日のこの時間、先輩は僕を振ったのだ。なぜなのか?と問うても、私たちは合わなかったんだよ。と一言言うだけだった——それなのに今更、やり直そうなんて残酷にも程がある。

 「なんで...今更やり直さなきゃいけないんですか?」

 「私、実はクガヤマくんと別れた後違う人と付き合ったの」

 やはりそうだったのか、と思う。

 「でも、その人と付き合って初めて気づいた。私には、クガヤマくんしかいないんだって」

 失って初めて気づく、みたいなものだろうか。

 「だからお願い。もう一度、やり直そう?」

 僕は、迷った。今ここで、了承すれば先輩と幸せで暖かい生活を送る事ができるだろう。

 手を繋いで。

 寒い中一緒に歩いて。

 木に施さられたイルミネーションを見て 

 「綺麗だね」

 「いや、君の方が綺麗だよ」

 「そう?ありがとう」

 なんて話して、そしてキスをする。

 こんな幸せなストーリがあるだろうか。

 けれど同時に、今ここで了承すれば何か大切なものを失う気がした。それは、きっと先輩を失って初めて知ったもの。

 だから、一呼吸して僕は重たく吐き出した。

 






 「すいません」

 





 僕はその一言で別れを告げた。









 空高く上がった煙草の煙は、まだ漂っていた。


 

 

 

 

 

 







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