おまけ~ある夏の日
熱中症警報が出ている真夏のある日。
大知は午前中、部活だったので昼食の素麺を食べて昼寝中。
お父さんは仕事、お母さんはパート。
居間では、大学が夏休みに入った尚と雅が転がってゲームをしている。
実にだらしない。
⚫ ⚫ ⚫
「あー! なっちゃん、狡い!」
テレビには1P WINの文字。
1Pは雅。
ふたりは去年の夏同様、スマブラをしていた。
「どこがだよ。いまだって雅が勝っただろう?」
「だからさぁ、そこが狡いって言うわけ。なっちゃん、手、抜いてるじゃん。去年の夏に教えてくれた時みたいに、わざとガード解いてさ、こっちの技が決まるようにして」
雅、仰向けになってコントローラーを床に落とす。尚、雅の顔を恐る恐る覗く。
「大体さぁ、『離れてたって繋がる』のはLINEばっかじゃん。電話できないし、画面で顔見るなんて全然させてくれないし」
「それはさぁ」
「それはなによ?」
尚もごろんと転がって、腕を枕にする。
「学生寮はふたり部屋なんだよ。LINEしてる時だって『彼女?』って何度も聞かれてるしさ」
「彼女じゃないの!?」
「······彼女です」
雅、大の字になって天井を見ている。そんな雅の横顔を尚はにこやかに見ている。
「離れてたってネットで繋がってるんだから云々、嘘ばっかり。······会えない分を補完したいんだよ。なっちゃんの手も、頭も、抱きしめてくれる腕の中もなんにもないんだよ。確かなものがなにもない」
「いまはある」
「そう、いまはある。······ぎゅってして」
尚、飛び起きる。驚いた顔をしてオロオロする。
「お前、どこでそういうこと!? 突然どうしたんだよ」
「雅だってもう高校生だもん。いつまでもお子様じゃないんだから。抱きしめてほしいなーって、ひとりの夜、昔のこと、思い出す」
「······本当にするの?」
「うん」
「大知が下りてくるかもよ」
「来ないよ」
尚、ゆっくり起き上がる雅を見ている。いつもより変に唇がツヤっぽく見える。
白い肌、ぱっちりした瞳はいまは伏せられていて見ることが叶わない。
心拍数が上がる。
いや、この前まで(いまだって)妹だったわけだし、そういう仲になっても上手くやってきただろう?
背中にそっと手を回す。うっすら汗をかいているのがわかる。
耳元に香る匂い。
ひとの体臭が最も強いのは耳の裏だと聞いたのはいつだ?
――どっちにしても、これがよく知った雅の香りだ。落ち着く。このまま、このまま腕の中に。
「キスしてもいいんだよ」
ちょっと待て。
うちの妹はどうにかしてしまったんじゃないのか? と思いつつ自分はすっかりファーストキスは済ませてしまっているわけだが、雅はたぶん、これが初めてだ。
雅の右手が尚のTシャツの胸辺りを掴む。
――鼓動が高鳴っているのがバレるんじゃないか?
初めてのキスを素敵なものにしてあげるにはどうしたらいいんだ? 大人の余裕ってやつを考える。
そんなことを考えつつ、やわらかいその感触を味わう。一度目は触れるだけ、二度目は確かめるように、三度目は――なしだ。
はぁ、と雅が瞳を伏せがちに、赤い頬をしてため息をついた。その仕草が色っぽくて見過ごせない。伏せた瞳を開いてこちらを向くと、その目は潤んでいた。
「······なっちゃんの唇、やわらかいんだね 」
それ以上はもうなにも考えられなかった。我慢を重ねてきたのは雅だけではなかったのだ。尚だってずいぶん長いこと、雅に触れていなかった。その肌に、その髪に。
「もう一回だけ」
三度目は我慢の蓄積が放たれた。募る想いというのはこれほどのものなのかと思い知る。
一方、雅はこれがいわゆる『本当のキス』なんだな、と思うと求められていることがうれしくもあり、このまま埋まってしまいたい気持ちでいっぱいになった。
繋がっていた温もりが離れていく。エアコンの冷風がふたりののぼせきった頭を冷やす。
「······家族からずいぶんはみ出たと思うよ、いまのは」
「ごめん、嫌だった? 手加減できなくて」
「それはいまのキスと同じくらいすきでいてくれてるってこと?」
「······当たり前。先にすきになったのは俺なんだから」
雅は尚の腕の中でくるっと丸くなった。ここは安全なわたしの巣穴。いつでもここにいる時は安心。
ここにいない時は――。
まぁいいや。また離れる時に考えよう。
どんなに考えたってまた離れるのは決まってるんだ。だから、いまだけは、心の距離をぐんと繋げておこう。
(おまけ 了)
なっちゃんのひみつ~お義兄ちゃんは特別 月波結 @musubi-me
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