第10話 モヤモヤする受付嬢





「あ、あははっ、冗談きついんですからユウトさんったら」


 引き攣った笑顔のゴルルさん。

 顔だけで選ぶのはどうかとも思うけどゴルルさん性格も悪そうなんだよね。

 今の言葉も何気にフローラさん馬鹿にしてるし。

 美醜逆転世界なら可愛い子の方が性格はいいだろうし、あくまで気になる程度のものだけど担当してもらうなら今のところはフローラさんがいいなと思った。


「フローラ! なにぼさっとしてんの! あんたも断りなさいよ!」


 野太い声でフローラさんに強い命令をするゴルルさん。

 僕は何も言わない。

 フローラさんにだって選ぶ権利はあるし、僕が嫌なら断ってもらってもいい。

 まあそうなってもゴルルさんを選ぶことはないんだけどね。


「じ、冗談でも嬉しいです……ありがとうございます……でも、私じゃユウトさんには釣り合いませんよ……」


 断り文句……と言うより本当に冗談だと思われてるんだろうな。

 これ以上言われても彼女としても困るだろう。


「勿論ゴルルさんもですよ」


 当然ゴルルさんへのフォローも入れておく。

 途端に機嫌をよくするゴルルさん。


「ほかに規則はありますか?」


 僕はしばらくそのままギルドの規則などを学ぶのだった。


 そして、帰り道。

 ちょっとした余談ではあるのだが―――


「よう、お前みたいな新人はすぐ死んじまうからなあ? 色々教育してやるよ」


 ガタイの良い冒険者らしき男の人に絡まれた。

 やたら筋肉ムキムキで強そうだ。

 背中には巨大な斧を背負ってこちらに威圧感を与えてくる。


「いえ、結構です」


「くくくっ、そう言うなよ、まあタダってわけじゃあねえがな」


 肩をガシッと掴まれて路地裏に連れていかれる。



 ズドッ!!



「ふう」


 路地裏から出てさっそく硬貨を数える。

 僕はこの世界でもこういうことがあるんだな……ということを学んだ。

 向こうはこんな理不尽なことを続けていると逆にお金を巻き上げられることもあるんだということを学んだ。

 WINWINだった。

 ニーナさんにお土産でも買って帰ろうかな。















 私はフローラ。

 ムールの街の冒険者ギルドで受付嬢をしている。

 受付嬢とは言ってもほとんど雑用だ。

 

 エルフと言う種族の女性には共通する特性がある。

 それは醜悪な見た目だ。

 私は胸の肉付きが薄い方なのだがそれ以外は見るに堪えない。

 特に顔の造形には強いコンプレックスを抱いてしまう。

 男性と女性でここまで違いが出るのはなぜなのだろうか?

 理不尽な気がする。


 近くの宿にエルフの叔母の運営する『精霊の泊まり木』という宿がある。

 そこに泊まらせてもらっている。

 エルフが運営するというだけでこの宿に偏見を持つ人は多い。

 根も葉もない噂を聞いたこともある。

 その所為か経営はあまり上手くいってない。

 元々細い体なだけに、そんな環境での食生活で肉はつかない。


「お姉ちゃん、おかえりー!」


 宿に帰ると妹が出迎えてくれた。

 妹の名前はシャル。

 容姿に関しては私の妹、と言えば十分だろう。

 それでも私にとっては可愛い妹であって、いつも明るいその姿に元気づけられる。 


「シャル? なんか機嫌良さそうだけど……?」


「えへへ、実は今日絡まれたときに凄いカッコいい人に助けてもらって―――」


 シャルは嬉しそうにその時のことを話す。

 だけど半分も入ってこなかった。

 悪いとは思いつつも今日の出来事で頭の中がいっぱいだったからだ。


「? どうしたの? 何かあった?」


 シャルは私のちょっとした変化にすぐ気付く。

 それはほかの人が気付かないようなほんの小さなことでもだ。


「いや、今日はほんとに分かりやす過ぎたよ」


「そ、そう?」


 まあそれはともかく……ごほん、と咳ばらいをして気を取り直す。

 姉妹のシンパシーとでも言うのだろうか。

 シャルは私がギルドで嫌われていることを察している。

 実際に見たわけじゃないと思うけど勘のいい子だ。

 たぶん気付いている。

 気付いていて何も言わない。

 私も自分のこんな格好悪いところを知られたくないので言わない。

 だけど今回は訳が違う。

 私は今日ギルドであった出来事を話した。

 すると。


「担当しちゃえばいいんじゃない?」


 妹はあっさりと言い放つ。


「でも……私こんな見た目なのに」


 うーん、とシャルが首を捻る。

 私を担当にするメリットはなんだろう?

 見た目が良いわけでも、お金を持っているわけでも、特別能力が高いわけでもない。


「難しく考えすぎじゃないかな? 別に付き合うとかそういうわけでもないし」


「それは、そうだけど……」


 私は自分に自信がない。

 だって他の人達は今まで一人も認めてくれなかったのに……

 

 あ、でもあれが冗談だって可能性もあるんだよね。

 というより普通に考えて社交辞令だろう。

 浮かれすぎてて思いつかなかった。

 だけど期待してしまうのも当然だろう。

 例え冗談でも恋愛経験が0どころかマイナスに振り切れてる私が浮かれてしまうのも仕方のないことなのだ。

 「うー」と声を出して宿にある席の一つに突っ伏した。


「本当だったら嬉しいんだけどね……」


 それは確かだ。

 仮に偽りだとしてもあの言葉は救いだった。

 けどもしも……もしも本当に本当だったら……そう思わなくもない。

 自分の感情がよく分からなくてもやもやする。


「うー……」


 どうすればいいんだろう。

 私はどうしたいんだろう。

 それも分からない。

 だけど、もしもあれが本当だったら?

 いや、可能性として……1%もないだろうけど……もしも本当にもしかしたらの場合は……


『フローラさん、初めて見た時から僕は貴女のことが……』 


『やっ、いけませんユウトさん……』


『本気なんです! 本気で好きなんです!』


 そのまま黒髪の少年は私の細い身体を抱きしめる。

 目の当たりにした少年の感情。

 それに惹かれ合い重なり合った二人の影。

 そして、そのままゆっくりと―――


「……っ!!」


 バタバタと身悶える。

 机を叩いて気持ちを落ち着ける。

 自分の考えた妄想に顔が強い熱を持つ。


「どうしよう、どうしたら……」


 別に一人の冒険者を担当するだけなんだけど……受付嬢としてはそれが正しい姿なんだけど。

 でも、そこから恋愛に発展する場合もなくはない。

 ユウトさんを見た私個人の感想としては脈はなくもない……と思う。

 少なくとも嫌われてはいない……ように見えた。

 だけどそんなことがありえるのだろうか?

 願望だ。

 自信がない。


 するとシャルは「分かった!」と、手を叩いた。

 何が分かったのだろうかとシャルを見ると、にひひっと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。 

 嫌な予感がする。

 

「何が分かったの……?」


「いいからいいから」


「あの、変なことはしないでね……?」


 シャルは分かってる分かってると言って深く頷いた。

 その姿に私は不安を拭いきれないのだった。






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