第5話 ナンパ
ムールの街。どうやら文明レベルはアトランタとそう変わりないみたいだ。
中世ヨーロッパほどだろうか。
僕は無言でニーナさんの手を引いて街の中を進んで行く。
ニーナさんはされるがままだった。
しばらく歩くと頭に上った血が元に戻っていくのを感じた。
「って、すみません」
軽々しく手を握ってしまったことに対して今更だが冷静になる。
名残惜しい気もしたけど手を離した。
「あ……っ」
ニーナさんの口から声が漏れた。
手の熱を確かめるように手のひらを見ている。
そこにははっきりと分かる無念が浮かんでいる気がした。
「……身分証明するのって他所から来た人はどうしてるんですか?」
僕は気恥ずかしさを誤魔化すように尋ねる。
すると危う気だったニーナさんの意識が戻った。
ハッとした気配を感じる。
「わ、私は冒険者の証を見せています」
なるほど、そこは前の世界とそこまで変わらないのか。
となると冒険者登録をしてきたほうがいいな。
街を出入りするたびにお金がかかるというのも馬鹿らしい。
銀貨4枚については今度返すと言っておいた。
けどニーナさんはハンカチのお礼だと言ってそれを断る。
水掛け論になりそうだったのでその場は納得しておいた。
そのうちなにかあったときに返すとしよう。
「冒険者ギルドはどこに?」
「そ、それならこっちです。案内しますっ」
ニーナさんを頼ると彼女は心なしか嬉しそうに声を弾ませた。
少しだけ大きくなった歩幅についていく。
周囲の人はニーナさんを見て顔をしかめる。
ニーナさんを避けていく街の人たちを見て彼女は現実を思い出したように怯んだ。
すると―――
「何かお困りですか?」
ニーナさんとの距離が大きくなったところへ一人の女性が話しかけてきた。
「そこの化け物になにかされたんですか?」
でっぷりした身体を揺らしながら蛇のように粘着質な目で僕を見てくる。
そして、僕はと言えば突然のことに困惑していた。
「はい? いや……そういうわけではないですけど……」
「ふふ、緊張しなくても大丈夫ですよ? どうでしょう、お茶でもしながらお話などは」
もしかしなくてもこれ誘われてる?
ニーナさんが見えないのか、それとも見えてる上で声をかけてきたのか。
僕が困ったようにニーナさんへ視線を向けると、ニーナさんは気の毒になるほど慌てふためいていた。
僕と目の前の女性の間で視線を彷徨わせながら何も言えないでいる。
「いえ、結構です」
「は?」
僕が断ると声をかけてきた女性はそんな呆けたような声を出した。
ニーナさんからも感情の揺らぎが伝わってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください! あなた! その化け物の顔を見たことあるんですか!?」
ニーナさんはその言葉にやはり縮こまっていた。
……どいつもこいつも。
いい加減イラついた僕は少し強めに返す。
「ありますよ?」
「ならなんで!?」
「本人の前で人を化け物呼ばわりする人よりはいいかなって思ったんですけど」
「ぐっ……!」と、言葉に詰まる。
忌々しそうに顔を歪めて睨みつけてくる。
それでもまだ未練がましく動かない彼女に聞いてみた。
「あなたは美人なんですか?」
それを聞いて目の前の人は意味が分からないと言う様に疑問符を浮かべる。
「は、はあ? 見れば分かるでしょ?」
「いや、分かりません。分かりませんしどうやらあなたの性格は周囲から見える見た目ほど良くはないようですね」
僕はもう話すことはないと、視線を外した。
「はん! 見る目の無い男なんざこっちから願い下げだね!」
もう無理だと分かってもらえたのか、そのまま舌打ちをして去っていった。
今日はやたらと舌打ちされる日だなー……
ニーナさんを見ると現状を理解できていないようだった。
仮面で隠れた顔は窺い知れないけど微動だにせず固まっている。
「ぁうっ!?」
僕はニーナさんの頭にチョップした。
ニーナさんはなぜそんなことをされたのか分かっていなかったけど僕からしたら当然のことだった。
「まさか僕がニーナさん放ってあっちについていくと思ったんですか?」
少し語気を強める。
ニーナさんから見て僕がそんなことを平気でする人間だと思われていることが心外だった。
「出会ったばかりでこんなこと言うのもおかしいかもしれませんけど、少しは友達を信用してください」
するとニーナさんは小さな声で言ってくる。
弱々しく……しかし、どこか嬉しそうに。
「あ、ありがとう……ございます……」
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