第21話 デート帰り




 最初は正直喜んでくれるかなーくらいの気持ちだった。

 本当だ。他意はなく純粋な善意だった。そこに邪な気持ちは……まあ、ちょっとは異性との触れ合いに期待もしたけどそれだけだ。

 ニーナさんがやたらと良い反応をしてくれてからはこちらも楽しめたし、戸惑いはあったけどそれでも何だかんだで心は平静を保っていた気がする。

 そこでちょっと興味が沸いた。

 これずっと続けたらどうなるんだろう? って。


 太陽が頭上に上った頃だろうか。

 頭を撫でられてるだけで呼吸を荒げるニーナさんに変化が起こったのは。

 彼女の額には大粒の汗が浮き、下腹を擦り合わせる動きはさらに明確に刺激を求めるものへと変わっていた。

 息も全力疾走の直後のように荒くなっている。

 怪訝に思うも僕は手の動きは止めなかった。

 彼女もそれを望んでいないと思ったし、何よりも僕自身が良くない感情に突き動かされていた。

 特に反った顎の下を指先で素早く擦ると面白いほどニーナさんは身体を跳ね上げた。


「うああ……っ、はぅ、はぅぅ!」


 ついには僕の服を掴んでいた手をニーナさんは離した。

 その手はゆっくりと自身の体へと伸びようとしている。ニーナさんの手は彼女の意識を離れ自立しているように刺激を求めていた。

 だけどそれは葛藤するように中空を彷徨い、元に戻ったり、近付けたりを繰り返している。

 ニーナさんは何かを必死に耐えるように力いっぱい目を瞑っていた。

 ……どうするか。

 正直驚いてる。まさか頭を撫でられただけでここまでになるとは。

 タイミングを見失っていたものの、さすがにやり過ぎだと思い手を止める。

 だけどニーナさんは――


「ぁ……」


 切ない喘ぎ声をその口から零した。

 今にも泣きそうな顔で身悶える。


「や、やぁぁ……やめっ、やめないで……せ、切ないんでしゅ……もっと、もっとぉ……」


 危うげな瞳。顔を真っ赤に染めて眉根を寄せる。

 ついには本当に泣き出してしまった。


「ああぁ……お、お情けを……お願い、お願いしましゅ……ユウトしゃん……な、なんでもしましゅ……なんでもしましゅかりゃ……ユウトさ……っお情けをくだしゃい……」


 ニーナさんの媚びるような懇願。

 無自覚なのだろうけど、上目遣いで潤む彼女は僕の嗜虐性を刺激した。


(あ、やばい)


 血が沸騰する。

 僕もこれまでの彼女の反応に思うところがなかったわけじゃない。

 たぶんここが野外じゃなかったら襲ってた。

 それ程今のニーナさんは酷く淫らで扇情的で……何よりも魅力的だった。


「も、もっと……ユウトしゃっ……焦らしちゃ、やっ……なんでもしましゅかりゃ……ぁ、お願い……っ、いっしょ、どりぇいに、なりましゅ、お、お金も、出しましゅ、ふあっ、あああ……い、イジわりゅしないでぇぇ……!もっと、にゃでにゃで……くぅんっ、くぅ、せつにゃくて、くるひぃよぉぉ!」


 ついには自身の尊厳さえも捨てるニーナさん。

 って、いやいやいや!? これは洒落にならないって!


 がりっ


 慌てて唇を噛んだ。血の味と痛みが僕の意識を現実世界へと戻してくれる。


「スリープ」


 ニーナさんの魔力の流れを安定させて意識を奪う。

 一瞬だけ抵抗しようとしたものの、この至近距離からの僕の魔法に抗えるはずもない。

 ゆっくりとニーナさんはその意識を落としていった。


「ふう……」


 一息ついた。


「ごめんなさい、ニーナさん。ちょっとやり過ぎちゃいましたね」


 穏やかな寝息を立てるニーナさん。

 体を冷してもいけないし、今日のデートはここらでおしまいかな。

 僕はニーナさんを背負って森を出るのだった。


(軽っ)


 ニーナさんは予想以上に軽かった。

 背中に当たる豊かな胸部の感触は……まあ、頑張って気にしないことにした。

 というか咄嗟に唇噛んだのは良い判断だった。

 あの痛みがなかったら危なかった気がする。

 今日の成果を思い浮かべる。デートというかちょっと街で手を繋いで外で一緒にごろごろしただけだけど……

 楽しんでもらえただろうか?

 少なくとも僕は楽しかった。人生で初デートだったし何かと新鮮だった。

 どうやら僕も彼女のいる日常を楽しんでいるらしい。

 付き合い始めたのは同情もあったけど、関係は良好。

 その事がどこかむず痒くもあり嬉しかった。

 それを肯定するように背後のニーナさんが身動ぎをした。寝言で僕の名前が聞こえてくるのが照れ臭い。

 街中へ戻るとやはりというべきか視線は僕たちへと集まった。やっぱりニーナさん目立ってるなぁ。

 苦笑するしかない。だけどそんな時いつか聞いたことがあるような声が聞こえてきた。


「ん?」


 見覚えのある少女がいた。

 彼女が一瞬こちらを見た気がすると、棒読みが聞こえてくる。


「あーどうしようかなー」


 いつかギルドに行く時に助けたエルフの少女。

 懐かしい、ってほどじゃないけど見覚えのある顔に少しばかりの安心感を覚える。

 困りごとをしているようだ。とはいえ以前のような緊急性はなさそうだ。絡まれてるわけではないし、それに今はニーナさんもいる。

 申し訳ないとは思いつつも、気にせず隣を通り過ぎた。


「困ったなー!! どうしようかなー!!」


 さらに声を張り上げて、露骨なほど僕たちを見てきた。

 あ、これ話しかけないと駄目な感じか。




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