第13話 それは日常と化した異常






 ああ、夢か。

 すぐに分かった。

 白い部屋に僕はぽつんと立っていた。

 これまでのことを思い返す。

 地球でのこと。

 アトランタでの勇者としての生活。

 そして、この世界に来てからのことを―――


 ニーナさんへの対応はとても厳しいものばかりだった。

 今のところ誰もニーナさんに優しく……とは言わないまでも普通に接しようとする人さえいなかった。


『どう思う?』


 人の世は残酷だ。

 地球でも、アトランタでも、この世界ディーネでも変わらない。

 人間は差別が大好きな生き物だ。

 僕の中に彼女に対する同情がないとは言い切れない。

 誰か一人くらいは味方をしてもいいんじゃないかと、そう思っている。

 何故容姿が人より劣っているだけでここまで嫌われるのだろう。

 疑問はある。

 この世界に来てから僕には理解できないことばかりだった。

 なんでなんだろう。

 何故―――


 唯の一人もニーナさんの味方がいないんだろう。


『おかしいよね?』


 おかしい。

 このディーネという世界の人たちの性格が悪いと言えばそれまでだ。

 それまでと言えばそれまで……だけど。

 地球にいた頃を思い出す。

 容姿が劣る人もいた。

 だけど明るい性格だったとか、優しい性格だったとかで。

 それなりに上手くやってる人もいた。

 性格が悪かった人もここまでじゃなかった記憶がある。

 ニーナさんほど嫌われてはいなかったと思う。

 考えすぎ……なんだろうか。


『いや、当たってるよ。君は正しい』


 勿論ニーナさんの美貌がこの美醜の逆転している世界では僕の想像を超える醜女に映っている可能性も否定は出来ない。

 この世界の価値観が分からない僕にそれを確かめる術はない。

 だけど過去に見たその誰もが、ニーナさんとの比較対象としては軽すぎる。

 ニーナさんの嫌われ方はハッキリ言って異常だ。


『そう、その通り』


 なぜここまで容姿で格差が生まれているんだろう。

 転移して数日の僕でも……いや、転移したばかりの僕だからこそ分かる。

 明らかに度を超えている。

 

 これでは、まるで―――


『……考えすぎかな』


『あははっ、いやいや! イイ線いってたよ!』


 僕は後ろを振り返る。

 そこには――――がいた。


『僕は―――だよ。君――――た――――』


『?』


 聞こえない。

 まるで虫食いのように言葉のあちこちにノイズが走る。


『ごめんね、時間がないんだ。これから言うことを良く聞いてほしい』


 僕は黙って続きを待った。

 状況が理解できない。

 それでも聞かないといけない気がした。


『ハーレムをつくってほしいんだ』


『ハーレム……?』


『出来れば君の価値観で言うところの美人、この世界で言うところの不細工な子と肉体的な接触をしてほしい』


『………』


『ダメかい? 一応この世界は一夫多妻が常識だよ?』


『いや、ダメと言うか……理由を聞いてもいいですか?』


『ああ、それは――――が、この―――――で―――――さ』


 まただ。

 言葉が遮られる。

 声の主が困ったように笑った。


『うーん、まだ駄目なのか……』


 しばらく悩んだように首を捻った。

 すると―――は……ぽんっ、と手を叩いた。


『うん、分かった! それならムールの街の神殿に来てほしい』


『神殿?』


『君がこの街に来た門は東門でね。その丁度反対側にあるはずだよ、たぶんそこでなら――――も――――だ』


『まあ……大した手間でもないからいいですけど……』


 僕としても聞きたいことはあった。

 そこまで時間がかかることでもないので了承する。


『うんうん、ありがとう! ここでの記憶はしばらくしたら思い出せるはずだよ。思い出したら来てほしい。待ってるよ』


 立ち去ろうとする―――を、僕は慌てて呼び止める。


『最後に一ついいですか?』


『ん? なに?』


 その質問は何か根拠があったものではなかった。

 ただ、不意に頭に浮かんだ。

 分かり切った問いかけ。


『なんで僕だけ価値観が違うんですか?』


 異世界人だから。

 価値観の違う世界から来たから。

 そう言われると思った。

 しかし、その予想は外れることになる。

 僕の問いに――は、くくっ、と笑って答えた。


『それは君が――――』













 目が覚める。

 アトランタでは野宿することも多かったので僕はどこでどんな体勢だろうと眠ることができる。

 それでも椅子で眠るのはあまり疲れが取れる姿勢ではない。

 体が凝るし節々が痛い。


「んっ、んー……」


 体を伸ばして凝り固まった筋肉を解した。

 ニーナさんを寝かせておいたベッドを見る。

 僕はあの後ニーナさんを連れて帰った。

 鍵などはかかっていなかった……というか扉が開きっぱなしだったのでそのまま寝室に行きニーナさんを寝かせたのだ。

 様子を見ながら椅子に座り僕も眠りに……って感じだ。

 ニーナさんは……いない。

 先に起きたのだろうか。


「……?」


 なんだろう、何か引っかかる。

 思い出そうとして思い出せないときみたいな感覚。

 夢を見ていた……と思う。

 けどそれがどうにも不明瞭だ。


「うーん」


 考えてても仕方ないかな。

 とりあえずニーナさんを探さなくては。


 昨日のことをニーナさんは覚えているのだろうか。

 ゆっくり眠れたなら多少は治ってると思うけど……


 にしてもやけにボーっとする。

 なんだろう? 疲れが取れていないんだろうか?


 少し話は変わるけどこの世界は魔石を使った魔道具を使用してかなり高水準の生活を保っている。

 さすがに地球には及ばないけど、清潔な水くらいならある程度のお金で用意できる。

 これは僕にとってありがたかった。


 というわけで顔でも洗ってさっぱりしよう。

 寝起きでボーっとする頭で洗面台を借りるために立ち上がる。

 

 ずむっ


「ん?」


 何かを踏んでしまう。

 なんだろう?

 凄いスベスベする何かが足元に―――


 ニーナさんだった。


「うぉおっ!!?」


 微動だにしないから気付かなかった。

 よく見たらニーナさんが僕のすぐ隣で土下座していた。

 どうやら僕は土下座しているニーナさんの頭を踏みつけてしまったらしい。

 

「す、すみません! あの……痛くなかったですか? え、というか何してるんですか?」


 ニーナさんの後頭部に話しかける。

 この光景はどこかで見たことがある。

 というかデジャヴだ。

 昨日と言い今朝と言い、ニーナさんの後頭部を目にする機会が最近やたらと多い。


「とりあえず頭上げてください」


「で、でもっ、わ、私っ! とっ、取り返しのつかないことを……っ!」


 心当たりのあった僕はニーナさんの艶のある唇に目を向けた。

 ああ、やっぱり気にしてたか。








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