ひとり、ヒトリ、独人。
藤井杠
頭の中
重い瞼を開いた。久しぶりに見た空は、もう随分と遠くなっていた。頬を撫でる風は、ふらりと立ち止まった僕を焦らすようで、あの日僕を慰めてくれた、君の手のひらの温度に似ていた。
ずるずると、動かそうとすればするほど、どうしようもない心の奥底でドロドロと。
風が戸をけたたましく叩く。誰かにせかされているような気がして、落ち着かない。
それがそのうち嘘のように静かになる。気を抜くとその辺りに誰かがいるんじゃないか、と錯覚しそうになる。
次第に息をすることも苦しくなって、手を伸ばして。
また、穏やかな暗闇に溺れることを僕は望んでいた。
もう1度、目が覚めた。やけに重たい頭の先には随分とおかしな景色が、眼前に広がっていた。
僕の今の状態を説明すると、こうだ。
まず、頭は下方に、視界の先にいつもの毛布が見えるということは、ふわふわの質感が、いい感じに枕の代わりになっているのだろう。
・・・足元が若干肌寒い。よっこいせとソファに寝直して、毛布にきちんとくるまった。が、如何せんさっきより寒い気がする。
そういえば枕はどこに行った?
とりあえず体を起こそうとして、テレビのリモコンを手探りで見つけた。
いつからテレビをつけることが日課になったんだろう。誰も何も言わないのに。手にすっかりなじんだ感触を、無意識に繰り返す。
ぱちっと、電源が入ると真っ先に耳に大きな音が飛び込んでくる。それだけでなんだか気が滅入りそうになる。手早く音量を下げた。
しばらくだらっと観てみた。これもいつものこと。画面の中には、初めて観るようで、実は目的もやり方もチープで見え透いた軽いやり取りが続いていた。
そこに、新しいものは何1つない。
一通りいつもと同じ操作をして、つまらないテレビを消した。
寝っ転がった首を上の方に向けると、白い顔と目が合った。丸められたティッシュは、何日前のものだろうか。
しばらく見つめていると、次第にそのしわくちゃ顔に愛嬌が見えてきた。なにか話し出すのを待とうとして、その時は永遠に来ないことを悟る。
余計にむなしくなった。
一息ついて頭が空っぽになると、手元はすぐになにかを探す。手慰みのつもりか?
手に触れるいつもの感触、テレビのリモコン。
でも、ボタンを押す気にはなれずに、おもむろにそれをかじってみた。
板チョコのような固さのような、けれどとろけるような甘味はその後に続かない。冷たい感触が舌の上に残っていく。
ぺっと口を離して、唾でベトベトになったそれを見て、そっと手で拭った。
その後はよく覚えていない。
よいしょっと起き上がって、本棚の方へ向かった。何か気晴らしに、なるかもしれないと思って。
適当に手に取った本を開くと、ばらばらっと文字が床にこぼれた。…とても読めたもんじゃないな。
昔は1文字も残さず読んで、組み立てて楽しんだもんだけど、どうして今はその1つ1つが煩わしく感じるのだろうか。
なんだか疲れて、ソファの方に戻り、再び横になる。腕の中に残った真っ白な本のページを見つめて、何も思い浮かばないはずなのに、余計なことばっかりが頭の中を
仕事、金、やること、やらないこと、やってないこと、しなかったこと、やるべきこと、やりたくないこと、あなた、さみしい、私、嫌だ。
頭の中はいつもうるさい。
何もしたくない。
うるさい。頭が痛い。
つらい?
うるさい!!!!!
そう思うのと同時に、目の前にごちんっと閃光がはしる。頭上の本、よりにもよって角の部分がおでこを直撃していた。
ひととおり静かになると、蓋を乗せたように次は頭が重くなる。胸の上に置いた本を脇にそらして、首を捻る。
白い光が差し込む窓辺が、目に入った。
まだ外はこんなにも明るい。自分は、なにもしていないけれど、時々、車の音や、木の鳴く音が聞こえる。
毛布の中は生ぬるいのに、窓の外は随分と暖かそうに見えた。
好奇心が、僕の体を動かした。
布団の中ではあんなに重かった身体が、起き上がってみると割と、すんなり動いた。
窓の脇に置かれた望遠鏡が、窓の外を向いている。その向こうを、覗いてみた。
いくつか並ぶ家々と、なだらかな道
地面の色と、植物の揺れる大小の影が、周りを彩っていく。
その向こうにそびえる山は、悠然と街を見下ろし、細く白い雲が、その上をのんびりと流れていく。
風が頬を撫でて、その景色の向こう側へと僕の背中を押す。
心の中に懐かしい色鮮やかな景色が広がり、
この部屋を囲っていた壁が崩れていく。
そして、
君と、目があった。
ひとり、ヒトリ、独人。 藤井杠 @KouFujii
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