最終話 まだまだ、好き勝手にスローライフをする。
収穫祭の喧騒が嘘のようだ。
世界中からやってきた人が帰っていく。
そして、見渡す限り展開されていた屋台が片付けられ、元の何も無い場所に戻っていくのだ。
いや、どうやら屋台を根城にして住み着く者たちもいるらしい。
完全に収穫祭が終わってしまったわけではない。
あれは、勇者村と宇宙船村の間に新しい共同体を生むきっかけになったのかも知れないな。
この光景を少し眺めたあと、日暮れとともに勇者村へ戻ることにした。
みんな先に帰っているのだが、うちの家族だけが残ってくれていた。
荒れ地用ベビーカーというのを作ったのだが、これは用意しておいて正解だった。
遊び疲れたマドカとシーナが、ぷうぷうと寝息を立てて収まっているではないか。
「終わっちゃったねえ。ほんと、凄いお祭りだった!」
カトリナがくっついてきて、耳元で言う。
眠っている小さい人たちを起こさないためだ。
「そうだな……。今までの俺たちみんなの集大成だった。ここまで凄く長かったようで、あっという間だったなあ……」
収穫祭も、あっという間。
結構長い間やっていたつもりだったんだが……。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものらしい。
撤収していく人々、なんか本格的にテントを補強して定住モードに入った人々を見ながら、人族って逞しいなあ……と感心する俺なのだった。
そして。
「帰ろっか」
「うん」
荒れ地用ベビーカーをガラガラ押しながら、のんびり勇者村に帰ることにするのだった。
雨季は終わり、乾季がやって来ている。
この辺りは一年中日が長いが……。
乾季に入るこの時期が一番、いつまでも明るいかもな。
地平線に隠れかかった太陽は、いつまでも沈まない。
のんびりと道なき道を歩いていくのは、なんとも言えない風情があるよな。
「なーんか気が抜けちゃった」
カトリナがぷすーっと鼻息を吹き出しながら、ベビーカーに寄りかかった。
よし、押すのは俺と交代だ。
「収穫祭の準備とか大変だったもんな。それに俺達がホストだったし」
「ほんとだよー。あんなにたくさんの人の相手をしたの初めてだった! 大変だったあ……」
「お疲れお疲れ」
頭を撫でてやると、カトリナは目を細めて俺の肩に頭を乗せてくる。
「今日はめちゃくちゃ甘えてくるじゃん」
「んー? そういう気分なの。いつもはさ、ショートは忙しくあちこち飛び回ってて、私はおちびさんたちの相手とか、村のご飯を作ったりとか。あとはねー、こう見えて村長婦人は、奥様チームのまとめ役なんだよ? この間まで最年少だったからホント大変だった」
「あー、村のことはカトリナに任せちゃってたもんな。ごめんな」
「いいのいいの。先輩奥様たちがサポートしてくれたもん。大変勉強になる毎日でございました。おかげさまで、私はすっごい奥さん力上がったよ」
「分かる。カトリナはなんでもできるようになってるもんな。料理のレパートリーも多いし、縫い物だってガンガンできるし。凄く偉い奥さんだ。俺にとって最高の奥さんだ」
「むっふっふ……むふふふふふふふふー」
すりすりしてきた。
うんうん、存分に甘えてくれ。
俺もめちゃくちゃ甘やかすぞ。
とかやってら、マドカが「んー」とか声を上げたので、俺たちはビクッとしてちょっと離れた。
マドカは寝返りを打っただけだった。
シーナはちょっと端に追いやられたと思ったら、もそもそ動いてマドカの上に寝る。たくましい。
「お、思わず離れてしまった。でも、離れなくてよかったよね。両親が仲良しなのはいいことだし……」
「おっ、そうだなそうだな! だが、こう、マドカとシーナが見てる前でイチャイチャするのはちょっと気恥ずかしい気もする」
「分かるー。でもでも、この子達だっていつかは誰かと結婚するかも知れないでしょ? そうしたらイチャイチャするもんだよーって見せてあげるのも親の役目なんで」
「ふんふん」
「大っぴらにいちゃいちゃしよ、ショート?」
「なるほど、その結論に落ち着くのか……。さすがうちの奥さん」
「でしょでしょ」
カトリナが胸を張った。
五年間で色々、中身も経験も胸元も成長したので大迫力である。
そもそもこの人、次の乾季でやっと二十一歳なんで。
結婚したあの時点ではまだまだ伸び盛りだったんだよなあ。
「あ、ショート、やらしいんだ。色々見てるでしょ」
「そりゃあもう……」
「作っちゃう? 三人目」
「そりゃあもう!」
だが、ここは普通の平原。
それに我が家のチビたちはぐうぐう寝ているが、いつ目覚めて腹ペコを訴えてくるか分からない。
三人目は勇者村で作りましょうね。
そんな夫婦の会話をした後で、また歩き出す。
「それでショート、また来年も色々なことをやるんでしょう?」
「ああ。俺の趣味みたいなもんだからなあ」
「ふうん。やっぱりさ、毎年ちょっとずつ世の中って変わっていってたりするの?」
「おうおう。魔王大戦はもはや過去だ。世界はどんどん変わっていく。飽きないぞ。なんなら一生旅をしてても暇を潰せるくらいだ」
「だーめ」
カトリナにムギュッと抱きつかれた。
「ちゃんと、うちでも家族サービスをしなさい」
「はーい」
俺の気持ちは、勇者村とカトリナ、マドカとシーナに繋がってるからな。
絶対に戻って来るよ。
「あ、勇者村が見えてきた。あそこの用水路で行水してるのクロロックさんじゃない?」
「畑の賢者は自由だなあ。おーい!」
遠くでクロロックも手を振り返す。
「やっぱり、うちの村が一番だ。帰ってきたーって感じがするな。さあ、明日から日常だ。この毎日を繰り返すってのが大事なんだが、勇者村には一つとして同じ日は無いよな」
「村は村長に似るのかもよ? ショートが色んなことしたがるんだもん。勇者村が変わっていく速さは世界中で一番早いかも!」
俺はスローライフをしているつもりなのに。
世界一早いとはどういうことか。
村の入口をくぐると、俺たちの帰還に気付いたみんなが声を掛けてくる。
ただいま、勇者村。
粘っていた夕日はついに沈むところだ。
夜が来る。
少しすれば朝がくるだろう。
そうなれば、また新しい一日の始まりだ。
「そんじゃあまあ、明日からも好き勝手にスローライフするとしますか!」
世界最速のスローライフをな!
~おわり~
魔王を倒した元勇者、元の世界には戻れないと今さら言われたので、王国を捨てて好き勝手にスローライフします! あけちともあき @nyankoteacher7
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