小さい秋見つけた

白と黒のパーカー

第1話 小さい秋見つけた

 秋、その言葉で思い浮かべるものは多分、人それぞれたくさんあると思う。

 食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋。

 これらは秋という季節は気候も良く、過ごしやすい日が多いから何かを始めるには持って来いだよということなんだと勝手に思ってる。

 思ってるって濁したのは、しっかりとした根拠があっていっているわけではないから。なんて誰にともなく言い訳を述べてみるけれど、秋の空に流してしまえば、どこかへと吹き飛ばしてくれるだろうか。


 僕は最近、塾の帰りに少し遠回りをして帰ることにハマっている。

 家に帰りたくないわけじゃない、でもなんだかもう少し外の空気を吸っていたくて......。

 

 冒頭でいきなり脳内ポエムが始まったのは、頭の中が絶賛ごちゃごちゃしているからに他ならない。

 というのも、僕は先日初めて恋というものを知った。一目惚れ。

 新しく塾に入ってきた魅惑の少女、さとり。彼女の肌は白磁のように白く透き通るようで、乱雑に触れてしまえばそれこそ本当に割れてしまいそうな......美女。

 傾国の美女なんて言葉があるけれど、そんなものはまやかしだと思い続けてきた僕の意思が揺らぐのと同時に目まぐるしいほどの動悸。

 胸が痛くて痛くてたまらない。最初はなんだ、病気かとも思ったがどうやら違う。

 ままならない気持ちのまま親友に掛け合ってみれば、どうやらそれは恋というらしい。相談した相手は非常にめんどくさそうにシッシッと手を振り僕を追いやりながら微笑を一つ、お前にもやっと感情らしきものが現れてほっとしているよと憎まれ口をたたかれる。

 

 ほーっと長い溜息を吐けば、急に寒くなってきた夜風とともに白い息が流れてゆく。

 しばらくその行方を目で追っていると、そのまま瞳は色の変わりだした木々に留まる。

 そうか、紅葉こうようか。

 少し前まで青々と鬱陶しいまでに力強く栄えていた立派な木が、その短い生を終えるために老いていっている。

 まざまざとそれを見ていれば、なんだか胸が疼きだす。

 今まではこんなものを見てもなんとも思わなかったのに、不思議と今夜はその姿を寂しく思うばかりで、気づけば涙が流れ落ちていた。

 

 しばらく流れる涙をそのままに、近くにあったベンチに座って色素の薄まった葉っぱを見上げ続ける。

 秋って、何かを始めたり継続することに向いている時期だとばかり思っていたけれど、そうか、終わりが始まる季節でもあるんだな。

 柄にもなくセンチメンタルな気分に陥り、虚しく感じる心の心地良さに身を任せる。

 今までの人生には何もなかった。感動も、感傷も、感激も。

 世界のすべてには色がついているだなんて知りもせず、一人淡々と終わりが来るその日までロボットのように生きていくのだと思っていた。

 いや、果たしてその状態を生きているといえるのか、そんな哲学的なことは考えたことは無かったが、きっとそんな人生を空虚というのだろう。

 少し前に早起きをしたときに偶然付けたテレビには変身ヒーロー番組、昔は食い入るように見ていたけれど今はもう観ていない番組。

 それでもたまたま流れていたから気晴らしに眺めていると、生きることの素晴らしさを唱えていたことを思い出す。

 あの時は鼻で笑っていたけれど、今となってはそれも正しいのかと思う。

 誰だって綺麗事だけで生きていたい。それは本当にそうだ。

 悲しみも、絶望も、不安も、綺麗事だけで包まれた世界にはそんなものきっと存在しない。

 そしてきっとその世界では皆が笑顔なのだろう。


 終わりのない考えに頭を回転させ続け、そろそろ脳みそが焦げ付きそうになったころ、秋の寒風がひゅるりと頬を撫でていく。

 こんなところにずっといたら風邪をひくぞと言われたようで、気づけば頭からつま先までがキーンと冷えている。

 それに気づいてしまえば、続々と寒さが押し寄せて、一度体をぶるりと大きく震わせた。直後にはっくしょんと大きなくしゃみ。

 幸い鼻水は出なかったが、このままでは風の言う通り風邪を引いてしまう。

 これまた柄にもなく、おやじギャグを思い浮かべ一人にやりとしながら止めていた足を帰路に戻す。

 

 ぼそぼそと凍る足を血が通うように大げさに動かして、いつもの並木道を通る。

 どうせならばこれから終わりを迎えるばかりの木々を眺めて帰りたかったのだ。

 今を生きる僕の目にそれを焼き付けて、来年の彼らに見せてやりたい。

 去年の君たちの姿はこんな感じだったぞと、幹に触れて会話してみるのも面白いかも知れない。

 傍から見られれば多分おかしなやつだと思われるのだろうが、考えてみれば今までも十分僕はおかしな奴だった。今更それが他人の一人や二人に増えようが知ったことではない。

 僕は恋をすることで世界に色が付いていることを知ったのだ。カラフルに囲まれた新たな世界を邪魔するものなんて存在しない。

 いや、まあ、あるとすれば失恋だろうか。

 ともかくそんなものは今考えても仕方がない。

 初めての感情とともに僕はこれから、面白おかしく生きていく。


「あれ、君はたしか......」


 そんな時、後ろから声を掛けられる。

 一人の思考にふけっていたために、ドキリと心臓がはねて口から飛び出しそうになった。

 慌てて口を押えながら振り向くとそこには、傾国の美女、悟。


「し、白銀さん」

 

 勿論下の名前を呼び捨てでなんてことはできるはずもなく、苗字とさん付けで返事をする。

 少し声が上ずってしまったが変ではなかっただろうか、急に尋常ではないほどの汗が流れ出し顔が真っ青になっていく。

 こんなに急に意中の相手と出会うことは想定の範囲外だ。完全に思考停止。

 どう言葉を紡げば良いのかなんてまるで分らない。ああ、人間関係をおろそかになんてしてくるんじゃなかった。唯一の親友のしたり顔が頭に思い浮かぶが、大げさにかぶりを振って脳内から追い出す。

 正に時すでに遅しといった慣用句を身をもって感じる。感じすぎて体の末端が痺れてきた。痛い。

 

「同じ塾だよね。君も帰り道こっちなんだ」


 ショート寸前だった思考回路をつなぎ留め、彼女の発する言葉の意味を解析する。

 オナジジュク。なぜだ、日本語を話しているはずなのに頭に入ってこない。著しく理解力が落ちている。

 さらに焦っているとクスクスと笑う声が聞こえる。


「どうしたの? 口をパクパクして、金魚みたい」


 そうか、どうやら僕は金魚なのかもしれない。水を揺らし表面積を増やすことで大気中の酸素を水中に溶かすために口をパクパクと動かし続けるのだ。

 つまり僕は酸欠で、真っ青な顔もそのため。いったん理解してしまえば人間とは賢い生物で、気絶する。僕はこの寒空の中、好きな人の目の前で唐突に倒れこんだのだった。


「え、ちょ、ちょっと!?」


 頭上から声が聞こえ、意識の飛びかけている僕の鼓膜を震わせる。

 内容ははっきりと理解できないが、何か呼び掛けてくれているような、そんな声。

 倒れこんだはずだが、一向に地面との正面衝突の衝撃は来ない。

 もしかしたら意識が飛んでいるために痛みを感じないのかもしれないが、そんな怖い考えは今はしたくない。

 気絶している僕と、冷静に状況を判断している僕。世界が二つに分かれてしまったのかと一瞬錯覚するが、ただ自分が半覚醒なだけだと思いなおす。

 半覚醒、こんな言葉があるのかは知らないが、つまるところ気絶しながらも半分は意識がある状態。

 だからこそ、今自分がどうなっているのかは確認できないものの外からの声は聞こえるし、触感は感じることができる。

 そんな自分の感覚に身をゆだねると、何か温かいくて柔らかい血の通ったものの存在を感じた。

 そして次の瞬間には、優しく頭をなでる感触。つられて動く前髪が僕の頬を撫でてくすぐったい。

 何が起きているのかは正しく理解できないが、何となく愛情を一心に受けているような、そんな気がする。

 となれば、こんなところで寝ていてはいけない。しっかりと覚醒した状態でその愛を受け止めるために僕は立ち上がらねばならないのだ。

 

「あら、目が覚めた?」


 なんとか意識を引っ張り上げて伽藍洞がらんどうの体と思考を癒着させる。

 とてつもない頭痛と瞼の重さが襲い掛かってくるが、強靭な精神力でそれらを跳ね飛ばす。

 二、三度ぱちぱちと目を開け閉めすれば、視界が戻り現状を理解する。

 自分はベンチの上に寝転んでおり、体は痛いが頭は柔らかい。

 空を見上げたままの体制であるために、開いた瞳の視界一面には悟の安心した表情。

 つまりここから導き出される答えは一つ。僕は今、傾国の美女、白金悟に膝枕をしてもらっている。

 現状を正しく理解したのち、僕はもう一度気絶した。


「え、なんでよ!?」


 しばらくして、二度目の覚醒を迎えやっと心が落ち着く。


「申し訳ない。急に話しかけられてびっくりしてしまったんだと思う」


「ううん、良いの良いの。急に話しかけたのは私だし、こっちこそごめんね」


 謙虚だ。とても良い子なことはこの時点で間違いない。

 だからこそ、一時の幸運に委ねていつまでも彼女の膝の上に寝転んでいるわけにもいかないのだ。

 ここから離れるのはなんだか非常にもったいない気もするが、それではただの変態である。コンプライアンス的にダメだろう。

 

「その、介抱してくれてありがとう。この寒さだし、あのまま一人倒れていたらどうなっていたことやら」


「ふふ、そうだね。私は一応、君の命の恩人ってことかな」


 いたずらっ子のように笑う彼女の顔はとても綺麗で、思わず顔をそむけてしまう。


「ああ、酷い。せっかく助けてあげたのに、目をそらすんだ」


「あ、い、いや違うんだ。その、あまりにも君が綺麗な顔で笑うから......っあ」


 完全に墓穴を掘った。急になにを言い出しているんだ僕は。

 顔から火を噴を吹きそうなほど、赤くなる。

 熱い、のどがカラカラだ。水が欲しい。


「綺麗だなんて、初めて言われたなぁ。えへへ、ありがとう」


 恐る恐る彼女の顔を見てみると、照れたようにはにかみながらお辞儀をする彼女が見える。可愛い。

 

「そんな、初めて言われたなんて。きっとこれまで君が出会ってきた人たちは見る目がなかったんだろう」


 さっきから僕は何を口走っているのだろうか。冷静に考えなくても、穴があれば入りたくなるようなセリフがさっきから止まらない。安易に気絶なんてするもんじゃないなと強く心に刻み付ける。

 

「そ、そんなに褒められると照れちゃうよ」


 顔をほのかに赤らめて、両手を頬に添えながら右へ左へと顔を揺らす。

 可愛い。

 

「ええと、そのなんというか。さっきからちょっとキザったらしい言葉ばかり使ってしまっているけど、誓って他意はないんだ。信じてほしい。」


「分かってるよ。君は優しい人だね」


 会話がここで一度途切れ、お互いに少しもじもじしてしまう。

 こんな時になんて話しかければいいのかなんて全くわからない。


「秋、秋ってさ。僕は今日初めて感じたんだけど、実は終わりの季節なのかもしれないね」


 正しい会話なんて分からない。だったらもう勢いで話すしかないだろう。

 たどたどしいけれど、今日初めて感じて感動した秋の風景について話し出す。


「何々の秋ってよく言うから、漠然と秋は始まりとか継続の季節なのかなって思っていたけれど、この場所にもある通り、色の薄くなっていく木々は老いの印で。死にゆく季節かもしれないって思ったんだ」


「......そうだね。確かに、寂しさを感じる季節だってのは私も思う。でもね、私は君が最初に感じていたように、始まりの季節、継続の季節っていう考えすごく好きだな」


「どうして、そう思うの?」


 多分この質問は反射的に出たもので、特に深い意味を持つものでは無かった。

 それでも、次に口を開いた彼女の答えで僕の質問には大きな意味が宿ることになる。

 

「君と出会えた季節だから、かな」


 その答えは、僕と君と出会いの始まり、そしてこの関係の継続を望む意味のもの。

 問いかけてはいないため、明確な答えはなくそれは僕の希望的観測に過ぎない。

 それでもきっと......。


 どちらともなく、帰り道へと歩きだすと一際大きな風が吹き、紅葉こうように身を任せた葉っぱが僕の手元に落ちてくる。


 僕は今、小さい秋を見つけたのかも知れない。

 

 

 

 

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