サド・マゾ

みつお真

第1話 サド・マゾ

「小学生の頃、衝撃を受けたんだ」


「・・・」


「僕のうちはボロ家でね。文化住宅が密集していたから」


「・・・」


「満天の夜空に、星が流れていた」


「・・・」


「スターダスト、星降る夜さ」


「ッあ・・・」


「・・・すまなかった・・・」


「苦しいわ、先生・・・首は絞めないで・・・」


「すまない・・・綺麗だよ、日陰」


「北大路先生、私も・・・」



東京・世田谷の画廊。

コンクリートで囲われた空間に浮かぶ、男と女のシルエット。

鎖で四肢の自由を奪われた日陰の首に、うっすらと浮かぶ縄の跡。

北大路の指先が、それを愛撫する。

立ったまま、身をくねらせる日陰の吐息に北大路は応えない。


「美しい・・・」


「ア、ダメ」


「もっと・・・いいかな」


「・・・」


「自由を求めて、もがいてる・・・日陰・・・君を縛りたい・・・いいかな?」


「・・・私から・・・言わせないで・・・」


狂喜と愛欲が乱舞する、SとMだけの空間。

弄らしく燃える日陰の肉体。

獲物に絡みつく大蛇。

気がふれあう。

まどろみの世界。


「っあ・・・せ、先生・・・」


「ん?」


「・・・」


「僕を知りたくなった?」


「・・・」


「昔の話さ。のぞきかな・・・夜な夜な男女の息づかいが聞こえてね。隣の住宅だったんだ」


「・・・」


「真夏のヌメる風さ。重なり合うカラダが艶めかしくて、女の長い爪が男の背中を撫でていた」


「ヌメる・・・」


「血がね。男の背中にスーッと流れてね。それが生臭くてエロチシズムでー」


「ッ!」


「あ、すまない」


「・・・」


「どうもいけない。ついつい想い出に浸ってしまったよ、痛くなかったかい?」


「ィヤ・・・」


「白蛇のような肌だ・・・君の吐息は火鉢のように熱いのに」


「熱いのに?」


「肌は爬虫類のように冷たい」


「ぃや・・・」


「綺麗だよ。日陰」


求め合う舌先は、どこまでも紅く生めかしく。

日陰は、北大路の唇を少し噛んで微笑む。

喚起ファンの音。

柱時計の音。

虫の音。


「日陰・・・」


「北大路先生だって」


「なにかな?」


「いえ」


貪り合う男と女の唇。

滴が堕ちる。

果てる肉体。

コンクリート。

虚構の物語。

それなのに偽りのない欲情。


「先生・・・冷たい鼻先・・・」


「君だって」


「ャ、くすぐったい」


「そうかな」


「先生はズルイわ」


「・・・」


「こんな格好じゃ、先生に触ることさえ出来ない」


「君の罪さ」


「けど、先生が望んだ」


「僕への罰かな・・・」


「ねえ、先生」


「ん?」


「先生は何でも縛れるの?」


「・・・時間と感情以外ならね」


「うそつき」


「本当さ」


「時間を縛ってるわ。私の時間を」


「・・・今解こう」


「解きながら・・・キスして」


「わかった」


溢れていく。

嘘の世界に溺れながら。


「先生?」


「ん?」


「縛って欲しいの・・・」


「またかい?」


「ううん。違うわ」


「違う?」


「コレ」


「ん?」


「縛れるかしら?」


「こ、コレは!」


「やわらかーい。温泉た・ま・ご、剥いてあるわ先生」


「む、む、む、剥いてあるのかい!?」


「つるつるよ。縛れるの? 縛れないの? どうなの先生?」


「日陰・・・君は何を企んでいるんだ?その唇は何を欲しがっているんだ?」


「縛れるの?縛れないの?」


「嗚呼、美しい日陰。君は欲しているようだね」


「・・・」


「日陰、愛してー」


「縛れるかどうかハッキリせんかいッ!!」


「は、ハイッ!」


「ごちゃごちゃうるせえんだよバカヤロウ!出来んのか出来ないのかハッキリしろってんだよバカヤロウ!半熟のお・ん・た・ま! こいつを縛り上げてさっきみたいにキスしてみろってんだよバカヤロウ!」


「ち、ちょっと待ってください!!こ、これはいくらなんでもちょっとばかり」


「ハア!?」


「ちょっと・・・ロープが・・・太過ぎて・・・ですね、あのその・・・」


「太過ぎ上等じゃねえかバカヤロウ!やってみろ!オラ!やって見せろよ!どうした!やれるのかやれないのかハッキリしろよバカヤロウ!剥いてあんだよバカヤロウ!」


「きゃあ。おんたまちゃんおんたまちゃん。逃げないでおんたまちゃん」


「お、うまいじゃん」


「えっと、かるぅーくかるぅーく・・・あ、ヤメてよ待ってよおんたまちゃん」


「そのまま吊るせ!」


「おんたまちゃんがんばって。あ、アアアアアアー」


「・・・」


「あははは。おんたまちゃん。かまってちゃん」


「・・・クソが・・・」


「もうベチャベチャ」


「オイ!」


「は、ハイッ!」


「ぶちまけた分、塩かけて舐めろ」


「そ、そんなあ」


「でなきゃ明日はナマコにするぞ」


「ヤダア!」


「なめこにしてやろっか!」


「イヤイヤイヤイヤアー!」


「皮剥いた山芋にしてやろうか!!」


「そ、それだけは、それだけはご勘弁をー!!」



サド マゾ。

おしまい。

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サド・マゾ みつお真 @ikuraikura

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