呂布に転生した男

佐月今宵

第零節 一切鏖殺

 人々が、闇夜の風雨の最中、駆けていた。

 強風に煽られ、雨が更に強くなる中、それでも怯えるように急げ急げと駆けていた。


「ねえ、、私たち、大丈夫かな……」


 その一団にいた幼き女子おなごが不安げに、という少年に呟く。

 この少年こそが、幼き日の呂布りょふである。


「大丈夫さ! ほら、もうすぐ着くから元気出せって! あと少しだぞ!」


 幼き呂布はもうすぐだと少女を激励し、元気付けようとする。


「そうよね……もう少し、よね! ごめんね、。私、勝手に希望を失っちゃってたみたい」


 ならば良し、と呂布が応えるも、雨音に掻き消される。

 しかし、このときであった。呂布という少年が、絶望する刹那は──



 馬が力強いその足で地を蹴る音が徐々に響く。

 やがて、その響きが近くなるにつれ、一団は更に急く。

 刹那、そう、刹那の内であった。

 一団の一人が、馬に騎乗した兵に首を長槍で刺し貫かれるときは──。

 まるで、刹那のようで、しかして時が遅く感じるように、人が倒れる。倒れた地は、赤く染まっていた。

 一団は必死に逃れようとするも、次々と姿を現す騎兵に包囲され、逃れることは不可能となっていた。

 そして、一切鏖殺が始まった。

 先ほどのように刺し貫かれる人、臓腑が集中する胸部を穿たれる人、首を薙ぎ斬られる人。

 地獄だ、地獄だ。人を人とも思わぬように突き殺す兵たち。それは正しく、畜生の如き所業であった。


「ふ、……助けて……!」


 呂布は逃げ延びようとしていた最中、幼き少女が兵の一人に首を押さえつけられるものを見た。


「た、助け──」


 刹那、少女の腹を、無情にも銀に輝く穂先が貫いた。

 銀の刃は少女の鮮血に濡れ、それを引き抜いた兵は、汚物でも見るかのような眼差しで少女の亡骸を一瞥し、蹴り飛ばした。


「あ、ああ……!」


 呂布は恐れ慄き、その場を駆け抜け、逃げ去った。

 恐怖と憤怒。それらの感情が入り混じり、呂布の脳を掻き混ぜる。


「あ──」


 ──逃げ去った。幼き呂布が確信した刹那、小石に足を躓かせ、転げてしまう。

 そして運悪く、頭部を強打し、そのまま道中で気を失ってしまう。

 風雨の最中、幼き呂布は、眠るかのように倒れていた。

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呂布に転生した男 佐月今宵 @satuki000

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