4
杉浦さんを人と認めていいのか疑問は残るけど、とにかくこうして人とまともに会話をするのは久しぶりだった。
私が自宅に戻っても家族とは会話をすることがない。家族は私の状況を知っているけど、話しかけようともせず、顔すら合わせようとしなくなった。
私が会話をするのは半透明人間の杉浦さんだけだった。
学校も行っていないからそれは同じことだ。
前に杉浦さんは「気が向いたら学校に行くくらいで構わない」と言っていた。
だけど私は学校にはもう行かないだろう。
学校に行くくらいなら死んでしまった方がマシだ。
杉浦さんにもそう告げた。
すると杉浦さんは、うっすら透けて分かりづらいが、血相を変えて「簡単に死ぬなんて言ってはいけない!」と熱血教師みたいな台詞を口にした。私は素直に「誠に申し訳ありませんでした!」と深くお詫びした。
半透明人間の杉浦さんと出会ってからも、学校に行くことはないし、バスにも絶対に乗りたくない。だけど、このバス停まで毎朝通うのは何だか楽しい。
だから、この日も私はいつも通りにバス停に向かう。
だけど、この日はいつもと違う杉浦さんがそこにいた。
「いやあ、はは、どうも、どうも」
いつもとは違って杉浦さんは照れた様子をしていた。
だけど、そんなことよりも、どこか普段と様子が違う。
杉浦さんは普段と変わって見た目が違う。
「あれ? 足がある!」
「お気づきになりましたか? いやあ、お恥ずかしい」
杉浦さんには足があった。それに普段はうっすら透けているのに、この日はくっきりしている。生者として普通の状態の杉浦さんがそこにいた。
「どうやら僕は色々と勘違いをしてしまっていたようで」
「どういうことです? 杉浦さん、まさか生き返ったとか!?」
「何をおっしゃるので、その逆ですよ」
「は?」
「どうやら僕は死んでしまったようです」
杉浦さんはそうあっけらかんと口にした。
「……ああ、ようやく気がつきましたか」
何だかちょっとだけ寂しかった。
「いやいや、半透明人間だなんてお恥ずかしい。それにしても不思議です。透明人間より幽霊の方がしっくりくる。おかしな話です」
確かに私も杉浦さんと出会っても透明人間より幽霊であると確信していた。透明人間より幽霊の方に現実味があるとはおかしな話だ。
「でも、なんでそんなにくっきりとされているんですか? 普通は逆でしょう?」
死んでいるのにはっきりとした姿で現世にいられるのも、またおかしな話だ。
「ああ、やはり貴女も気づいていなかったのですね」
「ん?」
杉浦さんは急に何を言い出したのか?
疑問を抱く私に杉浦さんはくっきりとした顔で優しく丁寧に教えてくれた。
だけどそれは私には受け入れがたい話だった。
「どうやら僕は生死の境をさまよっていたようで、それであのような中途半端な姿だったのだと思います。でもようやく死を迎えた事でこの様にはっきりとした姿になったのです」
「え? ……意味が分かりません」
「つまり僕は貴女と同じ場所に立てるようになったから、この姿になったのです」
杉浦さんは周囲を漠然と指し示す。人通りも少なく、車も通らない。周囲を深い森林に挟まれて光は届かず常に薄暗い。ここはいつもと変わらずしんとしている。
「ここはそういう場所なのですよ」
そして少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「思えば、僕がバスで貴女を見かけたのは、あの日でした」
ただただ、私は理解が追いつかない。
「ほら、バスが来ましたよ」
登りの坂道をのろのろと懸命にバスがやってくる。そのバスは動くことができない私の前に停車して、「フシュー」と一息ついて乗車口の扉を開いた。
乗車口から見える乗客たちは死人のように顔から血の気が引いていて、死んだ目をして私を見ている。
「さあ、一緒に行きましょう」
杉浦さんは、私の手を取りバスの乗車口にその足を運んだ。
「いやだ!」
「だめです。ここでじっとしててはいけない」
私はこのバスに乗りたくない。
バスには乗らない そのいち @sonoichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます