終話 絵巻屋縁起

「――これにて、モノガタリはおしまい」


 私がそう締めくくると、すぐ隣で絵巻を覗き込んでいた少年二人が不満そうに声を上げた。


「ええー! もう終わりー!?」


「嘘だぁー俺知ってるぞ! この後、現世が関わる大事件が起きたり、神様たちの運動会が起きたりするんでしょ!」


「そうは言ってもこれはあの神社ができるまでの縁起えんぎってやつですからね」


縁起えんぎ?」


「神様の成り立ちのことですよ。縁起はわかりやすいように、こうして絵巻に残すんです」


 私が絵巻に描かれたモノたちを指で示すと、少年たちは興味なさそうにフーンと生返事をした。


「その巻物もあの神社に祀られてる絵巻屋が描いたの?」


「そうですよ。今代と先代が頑張った大傑作です」


 私は誇らしい気持ちで微笑む。


「ふーん。よく知らないけどかっこよく描けてんじゃん」


「この蛇とか生きてるみたい!」


 ただの線で描かれたそれを指さされ、懐かしくて目を細める。


「すごいなー。あの神社の神様って俺たちより小さい子なんだろ?」


「まだ会ったことないんだよな。どんな子なのかな」


 わいわいと話す少年たちに、私は優しく告げる。


「アナタたちが生まれたときに一度会っているはずですよ」


 二人はきょとんと首を傾げた。


「絵巻屋は異界の全てを描く存在ですから」


 だけど少年二人は唇を尖らせて文句を言いだす。


「そんなん覚えてるわけねーじゃん」


「赤ん坊だぞー?」


「ふふふ、それもそうですね」


 愛おしく思って笑うと、彼らは不思議そうに私を見つめてきた。


「そういやお姉さんの髪、真っ白でまるで神様みたいだよな」


「目も真っ赤で綺麗だな!」


 きらきらとした目で素直に褒められ、むずがゆくなって私は小さく咳ばらいをした。


 いつの間にか日は傾き始めている。


 モノが語り継ぐ長い長いお話だったのだ。無理もない。


 私は顔を上げ、少年たちを促した。


「さあ、そろそろアナタたちもお家に帰りなさい」


「えー」


「ぶーぶー」


 少年二人は不満そうにうなる。


 私はそれを仕方なさそうに見た。


「また明日、続きのモノガタリを語ってあげますから」


 ぱあっと二人の目が輝く。


 少年たちは立ち上がると、私にぐいっと顔を近づけてきた。


「絶対だぞ!」


「約束だからな!」


 それがやっぱり愛おしくて、私は穏やかに笑う。


「はい。約束です」


 ピン、と糸が張ったような音がした。


 それに気づかないまま、少年たちは大きく手を振って走り出す。


「じゃあなお姉さん!」


「ええ、また明日」


 騒がしく二人が去っていった広場で、私は縁起絵巻に視線を落とす。


 生き生きと描かれたモノたちの絵巻。


 続いていく。異界も、絵巻も。ずっと続く。


 これからも絵巻屋が描き続ける限り、ずっとずっと。


 ――でも今日はここまで。そのお話はまた今度。


 私はしゅるりと絵巻を閉じる。


「これにて、めでたしめでたし、ます」




〜完〜

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カタチ写してモノと見る 〜異界絵巻屋定義エンギ 黄鱗きいろ @cradleofdragon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ