第82話:別に怖いとかじゃない(前編)

 味がほとんどわからないままクレープを食べていると、不意に要のスマホが震えた。同じく隣でクレープを食べている陽葵にもスマホのバイブが伝わったようで、「あ、どうぞどうぞ」と気を遣ってくれている。一言謝辞を入れてからスマホのスクリーンを確認すると、風間響の文字が。響たちも今頃はカップルで文化祭を文化祭をまわっている頃だろうに、何の用だろうか。もしかすると冷やかしか。

 出るのが少し億劫になりながら、要はスマホを耳に当てる。


 「もしもし」

「おーかなめ? 舞海と保健室に赤羽の様子見にきたんだけど、要に取り次いでほしいってことで電話した。今変わるな」

「お、おう」

 どうやらちゃんとした用事があったらしい。冷やかしと疑ってしまった友に心の中で謝罪しつつ、赤羽の声が聞こえるのを待つ。


 「もしもし、榎本くん?」

「赤羽、もう体調は大丈夫なのか?」

「もうかなりマシになったよ。心配かけてごめんね」

「全然。それで、なんか用か?」

「うん! えっとね、今神原さんと一緒にいる、よね?」

「ああ、まあ、隣にいる」


 若干歯切れが悪くなりつつ、要は応答しながら隣を見る。呑気な顔でクレープを食べている陽葵が、何事かと首を傾げている。

「よかったら変わってくれない? 私のヘルプで入ってくれてたって話を聞いて、お礼を言いたくて」

「そういうことか。今変わる」

 どうやら、要も取り次ぎ要員だったらしい。陽葵に連絡をとりたいのなら、舞海が陽葵に連絡すればよかったのではないか、と心中で呟く。


 「陽葵、赤羽が変わってほしいってさ」

「赤羽さんが? わかりました」

 陽葵からすれば、少し予想外の人物だったらしい。スカートの持ち主の名前を聞き、持っていたクレープを左手に持ち換えた。空いた右手で要の携帯を受け取る。


 「変わりました、神原です」

「神原さん、変わってくれて本当にありがとね! めっちゃ助かった!」

「いえいえ! 困った時はお互い様ですから!」

「それでね、神原さんに貸したメイド服なんだけど、今も着てるんだよね? 右のポケットに、チケット入ってない?」

「右のポケット......あ、ありました」

 言われた通りに右ポケットを漁ると、二枚組のチケットが入っている。三年生の教室で開かれている、お化け屋敷のチケットだ。


 「気づかずすみません! 今からお返しに伺いますね」

「あ、いいよあげるよ! 変わってくれたお礼ってことで」

「え」

 陽葵は濁音がついていそうな声を漏らした。赤羽には微塵も悪意はないのだろうが、ホラーが苦手な陽葵からすればできれば返しておきたい。嫌がっていることを悟られないように、陽葵は笑顔を浮かべながら会話を続ける。

 「そんな、悪いですよ!」

「いいのいいの! してもらいっぱなしってのも、なんか引っかかるし」

「そ、そうですか? わたしは全然気にしませんけど」

 冷静に返答しつつも、笑みは引き攣り、背中には冷や汗が滝のように流れている。

 「そんな訳だから、それどうぞ! 榎本くんと楽しんで!」


 そう言い残すと、赤羽は陽葵との通話を切ってしまった。断ろうと呼びかけても、すでに応答はない。

 心が折れたように項垂れる陽葵を見て、要は声をかける。

 「ど、どうした?」

「......これ、赤羽さんが持ってたチケットなんですけど」

 陽葵は首を折ったまま、チケットを要の前に差し出す。受けとった二枚の紙を見て、要は全てを察したようになるほどな、とこぼす。要はホラー要素に耐性があるため、それほどお化け屋敷を怖いと思わないのだが、陽葵は真逆だろう。ホラー映画を見ている時の反応と現在の表情が、それを証明している。

 「まあ、怖いなら無理に行かなくてもいいんじゃないか? 赤羽も嫌々行ってほしいわけじゃないだろうし」

「べ、別に怖いとかじゃないんですけど......」

 変なところで強がりを見せる陽葵に、要の中の嗜虐心が蠢く。

「それならこの後行くか。特に行くところも決まってないんだし」

「......はい」

 涙目になりながら頷く陽葵は、自分の虚勢を激しく後悔することになる。



 その頃、保健室前では。

 「いやー、偶然とはいえ上手い方向に転んだね。お化け屋敷なんて、恋愛ものではお決まりのイベントだからね!」

「ほんとにな、恋愛の神様が味方してくれてるていうか」

 お見舞いを終えたカップルが、仲良く親指を立てていた。

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雨の中いじめられているところを助けたら、学校一の美少女に懐かれました。 流水氏 @Nagamishi

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