第81話:あんまり見れない

 「さてと、まずはお昼ご飯を食べましょうか。流石にお腹すいちゃいました」

「そうだな。途中からとはいえ、陽葵もよく働いてくれてたし」

 陽葵を労いながら、要は辺りの模擬店を見回す。現在は階段を上って三階、二年生の教室周辺をフラフラしている。


 こうして校内を陽葵と二人で歩くのは何かと初めてだ。登下校の時でさえ要からすれば視線が大いに刺さるのに、校内ではその密度がさらに濃い。気恥ずかしいというか、いたたまれないというか。


 やはり要たちの格好は、自由度が高い文化祭といえど少し浮いているようだ。先ほどから多くの好奇の目に晒されている。陽葵なら格好に関わらず視線を集めてしまうものだが、美少女のメイド服姿ともあれば視線は普段の五割増だ。

 要と学校で出会った時には自分に向けられる視線に気づかない陽葵だったが、今日は暑さも相まってか、頬がほんのり赤い。


 「要くんは、何か食べたいものありますか?」

「今日は暑いし、あんまり重いものは食べたくないな......なんならアイスとかクレープでもいいくらいだ」

「じゃあそうしましょう! 確かクレープは二年生の模擬店にあったはずですので......」

 陽葵も同じように考えていたらしく、要の提案を素直に受け入れてくれた。いつもならご飯の代わりにおやつなど言語道断の彼女も、今日ばっかりは許してくれるらしい。陽葵は事前に撮影しておいた校内の模擬店マップをスマホで見てくれている。


 「クレープはこの先の六組の教室みたいです! 行きましょう!」

「おう。ありがとな」

「いえいえ!」


 陽葵は校内を二人で歩くことを、特段気にしていないらしい。いつもと変わらない様子で、クレープに向かってズンズン進んでいく。


——その頃、陽葵の脳内では。

(どうしよう、要くんの顔、あんまり見れない......)

内心、すごく気にしていた。


(要くんの執事姿とかずるいんですよ! かっこ良すぎるし学校の中二人で歩くのとか初めてだし緊張しちゃいますし......ていうか、この服もスカート短過ぎです! 赤羽さんもうちょっと長いスカートを......でも要くんは可愛いって......うぅ)

 ほとんど普段通りに見せかけて、その実頭の中では葛藤が渦巻いていた。

(なんとか明日の午後とか誘えないかなって思ってましたけど、まさかこんなことになるなんて......降って湧いたチャンスなんですけど、舞海さんには後で絶対色々聞かれますね......うわ!?)


 考え事をしながら歩いていると、危ない。

 当たり前のことを体現するように、陽葵はスピーカーに接続されている小さなケーブルにつまずいた。文化祭では体育館で進行している企画のMCを校内に届けるため、各所にスピーカーが設置されている。幸いスピーカーが倒れることはなかったものの、躓いた本人が倒れ込む。


 「......っと。危ないぞ」

「あ、ありがとうございます」

 間一髪、陽葵が倒れ込む前に、要の腕が床との間に滑り込んだ。後ろから抱き抱えるような体勢になり、不意に顔と顔が近づく。どこからともなく怨嗟の念を感じ、要はすぐに陽葵を立たせて離す。


 「体調でも悪いのか? こけるなんて珍しい」

「そんな、すごく元気です! ちょっと......」

 陽葵は両手をわたわたと振って否定する。含んだ言い方に、要は追求する。

「? なんだ」

「その......」

 何かを確認するように周りをチラリと見る。要が陽葵を受け止めた辺りから、立ち止まって二人のことを見ている人もちらほらといるようだ。

 陽葵は少し目を伏せながら、要の耳元に口を近づける。

 「要くんと一緒に文化祭を回れるのがちょっと恥ずかしくて、でもその何倍も嬉しくって。色々考えてたら、転んじゃいました」

「......そうか」


 要は目元に手のひらをあて、気恥ずかしさを誤魔化すようにため息をついた。左耳に、まだ陽葵の声が残って離れない。


 「ほら、行きますよ?」

 陽葵を見れば、彼女もノーダメージとはいかなかったのか、指を絡めた手を口元に当て、表情を隠している。その愛らしい雰囲気と仕草に、周囲の男子は彼女に釘付けとなっていた。もちろん、要もその例に漏れていない。


 「お、おう」

 いじらしく見つめてくる陽葵を前に数瞬フリーズした後、要は目と鼻の先に近づいていた六組の教室へと向かった。

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