第80話:元気に労働(後編)

 「な......」

 要を含むクラスメイトだけでなく、教室にいた全員が突如ヘルプとして入った人員に驚倒した。

 膝蓋部から十センチ弱ほどのミニスカートから覗く足は白いガーターストッキングに覆われ、同色のエプロンにはふんだんにフリルがあしらわれている。頭頂部にはホワイトブリムが留められ、栗色の髪とのコントラストが美しい。着用している本人の顔は、白い部分を塗り替えてしまいそうなほどに紅潮している。


 「きゅ、急遽お手伝いをすることになりました、神原陽葵です」

 おどおどしながら、陽葵は直角に腰を折った。


 話は十五分ほど前に遡る。


 最後尾にて案内をしている舞海を呼び戻すべく、響は教室へと伸びる列を逆行していた。大いに盛り上がるだろうと常々思っていた響だったが、予想を上回る列の長さに辟易してしまう。

 「お、舞海いた」

 そのまま歩くと、最後尾にプラカードを持った舞海がいた。暑い廊下でも、笑顔を絶やさず予想待ち時間を伝えている。


 「舞海、ちょっといいか?」

「ひーくん? 交代の時間だっけ」

「まあ交代と言えば交代というか。さっき赤羽が体調悪くて保健室行って、人手足りてないから舞海にもホール戻ってきてもらおうって話に」

花鈴かりんちゃんが!? 大丈夫なの!?」

「そんな大したことなさそうだから、安心してくれ。そういうことだから、教室に戻ってくれると助かる」

「りょーかい!」

「あ、もしかして舞海さんですか?」


 並んで歩き出そうとした瞬間、聞き覚えのある声に掴まれた。振り返ると、普段から目をひく栗色のロングヘアーが目に入った。


 「やっぱり舞海さんでした! すごい、大人気ですね」

「ひまりん! 来てくれたんだ! そーなんだよ要も教室で馬車馬のように働いてるよ」

「ばしゃうま......か、要くんが働いてる時間だったんですね、偶然です。ほんとに、すごい偶然」

 陽葵はわかりやすく目を泳がせる。要のシフトを教えた張本人である響にはともかく、舞海にはまだバレていないとでも思っているのだろうか。二人は顔を合わせて微笑を浮かべる。

 陽葵は普段から一緒にいる二人の友達と共に列に並ぼうとしていたようだ。こちらの会話を聞いて、子を見守る母のように微笑んでいるということは、この二人も陽葵の恋愛事情をなんとなく察しているのだろうか。いつか陽葵抜きで話して見たいが、今はその余裕がない。


 「本当はもっとひまりんとおしゃべりしてたいんだけど、メイドの人数が少なくなっちゃって。教室戻らないとなんだ〜」

「そうなんですか、わたしのことはどうか気にせず! お仕事頑張ってくださいね」

「ありがとうひまりん〜! だいすき!」

「舞海さん!? その、ちょっと恥ずかしいです......」

 人目をはばからず抱きついてくる舞海に、陽葵は羞恥と困惑と歓喜が同率で混ざったような表情を浮かべた。陽葵を補給し終わったのか、舞海は陽葵の体を離した。顔が赤いままの陽葵をよそに、何かを思いついたのか、響を廊下の端っこへと引っ張っていく。


 「ねえ、ひーくん」

「もしかしたら、今舞海と同じことを思ったかもしれん」

「さすがひーくん! 要って多分、仕事終わったら暇だよね?」

「事前に聞いた限りでは、超がつくほど暇っぽいぞ」

 先ほどとは対照的に、両者とも何やら悪い笑みを浮かべている。顔を見合わせて大きく頷くと、顔の熱が引いてきた陽葵の元へと戻る。


 「ひまりん、よかったらちょっとだけメイドさんやってくれない?」

「えぇ!? わたしがですか!?」

 まさか予想できるはずもあるまい。陽葵は口に手を当てて仰天している。


 「今どうしても人が足りてなくて。バイト代としてお金とかはあげれないんだけど、報酬は出すから!」

「ほ、報酬?」

「シフト終わった後に、要と二人で文化祭を回れる権利を与えましょう!」

「! か、要くんもご予定があるのでは......」

「大丈夫! 要は暇人だから!」

「さ、散々な言われようですね」

 迷いなく断言する友人に、陽葵は苦笑を浮かべた。


「というか、違うクラスのわたしが手伝いをしても大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫、なんか言われたら過労死しちゃうってゴリ押す! 友達のお二人さん、今日はひまりん借りてもいいかな?」

「「どうぞどうぞ〜」」

「よしひまりん! 今行こうすぐ着替えに行こう!」

「あ、引っ張らなくても〜!」

遠のいていく陽葵に、二人の友人は優しく手を振っていた。



 「......ということで、手伝ってもらえることになりました〜!」

 舞海は要に事の顛末を手短に話した。陽葵に提示した報酬の中身は秘匿して、だが。

「ということで、じゃないだろ。陽葵は客として来たのに......」

「まあまあ、硬いこと言うなよ要よ。ほら、神原さんの服に、感想の一つでも言ってやったらどうだ?」

 響に話を逸らされながら、要は陽葵の方を向いた。彼女は現在、たまたまサイズが合ったため、保健室で休んでいる赤羽のメイド服を着ている。赤い顔をしているのは大衆の前でコスプレ姿を晒しているからか、はたまた想像よりスカートが短かったからか。

 陽葵は赤い顔をしたまま、要を上目遣いで見つめてくる。おそらくは響の言葉を受けて、要からの感想を待っているのだろう。


 「......可愛い、と思う」

「思うって何よ〜。ひまりんはどう? 要の執事服」

 舞海はニヤニヤと粘着質な笑みを貼り付けながら、今度は陽葵に尋ねる。

「......か、かっこいいです」

「あ、ありがとう」

「......ひーくん、この二人付き合ってないの?」

「まあもうちょいなんじゃないか? 知らんけど」

 真っ赤になっている二人に聞こえないように、舞海と響は言葉を交わした。そんな間にも、陽葵がメイド服姿で働いていることを聞きつけたのか、順番待ちの列はさらに伸びている。


 「じゃ、イチャイチャするのは後にしてそろそろ働こうね」

「そんなことしてない!」

「そんなことしてません!!!」

 響が周りに聞こえないように茶化すと、文句を言いつつも要は陽葵に接客のやり方など、仕事の内容を教え始めた。



 「行ってらっしゃいませ!」

 一時を過ぎた頃には客足もまばらになり、なんとか捌き切ることができた。陽葵が最後の客を見送ると、教室の前にあるOPENの札を裏返して一旦店を閉める。

 「いや〜、まさかこんなにお客さん来るとはね」

「神原さん来てから、お客さん一気に増えたよね」

「ご、ごめんなさい!」

「あ、責めてるんじゃ無いよ!? 忙しかったけど売り上げも伸びたし、神原さん仕事覚えるの早かったし」

「お力になれたのならよかったのですが......」

 陽葵は要のクラスメイトと挨拶を交わし、机の片付けを再開する。要はというと、それを横目に見ながら白い手袋を外している。執事が素手で仕えるなど聞いたことがないため着けることになったのだが、熱がこもって暑いことこの上ない。


 「んじゃ、要のシフトが終わったことだし、神原さんに報酬を支払わねばな、要」

「待て、俺に振られても報酬のことなんか聞いてないぞ」

「要と文化祭を一緒に回る権利を報酬として提示した」

「......は?」

 要は響に怪訝な目を向ける。しかし、陽葵がそれを報酬として受け入れた以上、今から変えることもできないし、変えるのはこれまで身を粉に働いた陽葵があまりに不憫だろう。陽葵は机を拭きながら聞き耳を立てている。


 「それこそ事前に言えよ、俺がこの後予定あるかもしれないだろ」

「ないことは今朝確認したし、聞いてなくてもなんか暇してる気がした」

「............」

 そういえば、着替えている時の世間話として何気なく聞かれた気がする。ここまで見越した訳ではなかろうが、要は何も言えなくなってしまう。

 ——というか、事前にこの条件を提示して陽葵が呑んだってことは、陽葵は一緒に文化祭を回りたかった......のか?


 そう考えているうちに、片付けを終えた陽葵が舞海の近くに寄ってくる。なんとなく恥ずかしいようで、半分くらい舞海の体に隠れたままだが。

 「あ、なんならその服そのまま着てけば? ひまりんも、花鈴ちゃんもうシフト入ってないっぽいし、せっかくなら着て行きなよ!」

「えっあっ、そういうことなら」

 舞海の勢いに押され、陽葵はメイド服のまま練り歩くことを承諾してしまった。

「神原さんだけコスプレで、普通の格好するなんて言わないよな?」

「......わかったよ」

 もうどうにでもなれ、と自暴自棄になりかけている要はこぼした。舞海に物理的に背中を押された陽葵が、要の前へと躍り出る。

 「は、はやく行きましょう、お腹すいちゃって」

「わかったから、押すなって」


 陽葵は要のクラスメイトが放つ視線から逃げるようにして要を連れ出していった。満足げな舞海と響に、朝倉優香が近寄る。


 「あの二人って付き合ってんの? めっちゃ初々しいカップルって感じだったけど」

「付き合ってないけど......雨宮予報ではもうすぐの予感がしてるよ!」

「なーんか信頼できない予報だけど、まあいっか。今から二人もデートでしょ? 行ってら」

「優香はもうちょっとの労働頑張ってね!!」

「ありがとさん」


 陽葵たちを追いかけるように、舞海は響の手を引いて教室を後にした。

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