第79話:元気に労働(前編)

 ここ羽星高校の学校祭は全部で三日間あり、二日目までが文化祭、最終日が体育祭となっている。要のシフトは一日目と二日目に少しづつ入っており、二回もこの衣装に袖を通さねばならないのか、と億劫な気分だ。もちろん一日にまとめて入ることもできたのだが、それはシフトを全て響に合わせた結果である。


 「それでは、今年度の羽高祭の開幕を、ここに宣言します!」

 生徒会長の声が、スピーカーを通して校内に響く。周囲には手を叩く者もいれば、仲間と雄叫びをあげる者もいる。共通しているのは、皆口元に笑みを帯びているということだ。


 「んじゃ、今日も元気に労働だ」

「気分が下がること言うな」

「忙しくなるぞ〜きっと。前評判もかなりよかったらしいし」

「それで誰も来なかったら楽なんだけどな」

「お前も大概に気分下がること言ってんじゃねぇか!」


 いつも通り軽口を交わしているうちに、要のクラスの模擬店、『従者カフェ』がオープンした。開催宣言は皆教室で聞いているため、開店前から列が出来ているようなことはないが、響の言う通りなら、昼前くらいには忙しくなりそうだ。ちなんでおくと、陽葵はなぜか要の出勤している時間を言う前から知っていて、昼前に来るとのことだった。要も極力言う気がなかったので拍子抜けだったが、誰かが伝えたのだろうか。思い当たるのは一人しかいないが。


 「なんて言ってるうちに、最初のお客様だぞ。不器用でもいいから笑顔で頑張れな」

「へいへい」

「「「「「おかえりなさいませ!」」」」」

 男性は胸に手を、女性はスカートの端を摘み、腰を最敬礼の角度に折る。

 こうして、要の初めての羽高祭が幕を開けた。



 「おかえりなさいませ」

 昼に差し掛かる頃、響の予想通り客足は次第に伸び、現在他のクラスの前まっで伸びる長蛇の列を形成している。

 少しづつだが板についてきた営業スマイルを浮かべ、要は客を空いている席へと案内していく。人気が出るのは大変ありがたいことだが、あまりに混雑しているのも困りものだ。


 「おっと」

「あっごめんね」

 見れば何もないところでふらついたメイドの一人を、執事が受け止めていた。教室の隅では歓声が上がるが、響が深刻な表情を浮かべ近寄っていく。

 「......体調悪いっぽいか」

 額に手のひらを当てた響がこぼす。言われてみれば、女子の顔は淡く上気していて、顔色も良くない。普段教室の中は冷房が効いていて涼しいのだが、今日は入り口と出口のために二つあるドアの両方を開けたままにしている。教室の外の温度は決して涼しいとは言えないため、温度差で自律神経がやられたのだろうか。


 「とりあえず、一旦保健室で休んでてくれ」

「でも! 今の人数でもお客さん捌ききれてないのに、抜けるわけには......」

「それでもだ。まあなんとか頑張ってるし、ささっと体調直して帰ってきてくれ。おーい朝倉、こいつ保健室まで連れてってくれ」

 響はグループ客を見送った朝倉優香に声をかける。黒い長髪をポニーテールにまとめているダウナーな雰囲気の女子だ。

「はいよ〜。じゃ、お姉さんと保健室行こうね〜」

「......すぐ戻ってくるから!」

 そう言い残し、着替えと水分を持って教室を後にする。複雑な構造をしているメイド服では休めるものも休めないので、先に着替えを行うのだろう。


 「いやー、まあここで一人抜けちまうのはきついんだけどな」

「しょうがない。体調悪いまま働かせて、明日寝込んで参加できないってなったら可哀想だし」

 陽気に送り出した響だったが、正直人手が減ってしまうのは痛い。先ほど記述したように、廊下は涼しいわけではないため、長い時間並んだまま待たせてしまうのは店としては申し訳ない。

 先ほどから接客組で作ったグループLeneでヘルプで入れる人を探しているのだが、この時間のシフトに入っていない人にはそれぞれ予定や理由があるのだろう。返信はおろか、既読の数も少ない。


 「とりあえず、最後尾のところにいる舞海を接客に戻すか。ちょっと呼んでくるわ」

「あいよ」

 そう言って、響は一旦教室を出た。舞海は現在、最後尾の位置と大体の所要時間を案内する係をしている。


 しばらく止まっている接客を回すべく、要はホールの業務に戻った。

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