第78話:きっと人気出る

 「......なんでこんなことに」

 用意された執事服を前に、要は頭を抱えた。

 嫌な予感は的中し、一週間前のロングホームで要は執事服を着て接客する役割に抜擢されてしまった。懸念していた通り、執事役の人数が少ないということで、響がここぞとばかりに要のことを推薦したのだ。


 やりたくないとはいえ、自分が駄々を捏ねてクラスの不利益になるのは避けたい。自分が首を振り続けても状況が膠着してしまうだけなので、渋々ながらも受け入れることにしたのだ。それにしても、出し物が喫茶店に決まった時から、要に執事服を着せるという熱量が増していた気がするのだが、面白がっているだけだろうか。要としては暖色の中に混じる黒の絵の具のような感覚で、大変居心地が悪い。


 役割が決まったその日に採寸が行われ、一週間後の今日、レンタルしてきた衣装を合わせてみることになっている。ちなみに要が第一志望だった裏方の人間は、チラシや喫茶店のセットを鋭意作成中である。

 「まあまあ、あの時のお前は大人だったよ」

「そう言うお前はいつもクソガキだ」

「って言っても、みんな喜んでただろ? 体格の関係で、要がその服を着ることを期待していた女子も多いし」

「こんなに自分の体格を憎いと思ったことはない」

 友人に毒を吐きながら、仕方なしに衣装に袖を通していく。事前に採寸していたおかげか、よく身体に馴染む。


 「お、似合ってんじゃん要。せっかくならその髪もどうにかすればいいのに」

「いらん。本番でもないのに、そんなにこだわる必要もないだろ」

「そんなこと言うなって、せめて前髪前髪くらい上げようぜ。松村、ワックス持ってるよな」

「ちょいまち〜......ほれ」

「うい、あざっす」

 執事服を着る松村が、響に円柱型の容器を放った。響はそれを両手で受け止めると、手首を捻って蓋を開ける。

 「あんまりベタベタにつけないでくれよ......」



 要以外の執事役全員が要の髪型に拘ったため、どうやら女子がメイド服を着るより時間がかかってしまったらしい。廊下から教室を見ると、すでに衣装を着た女子が数人見える。前髪を上げられた要は今にも逃げ出したい衝動に駆られながら、足を引きずって男子の後ろをついていく。


 「え、似合うじゃん〜!!」

 ドアを開けた刹那、女子から黄色い声が飛んだ。先頭の松村に続き、執事たちに歓声が集まるが、要が教室に入ると一瞬その声が止まる。

——やっぱり、場違いだったか。

「もしかして、榎本くん!?」

 メイド服をきた女子の一人、北野美羽きたのみはねが要をみて驚愕の声をあげる。どうやら髪型を変えただけで、咄嗟に誰かわからなかったらしい。連鎖するように、周りの女子も各々驚いたリアクションをとっている。そんな中、得意顔の響が口を開く。

 「どうだ、結構似合ってるだろ?」

「めっっっっっっちゃ似合ってるよ!! この中で一番かも! 髪型違うし、誰かわかんなかった!」

「だろ? 髪もこだわったんだぞ〜?」

「なんでひーくんがドヤ顔してるの」

 ここまで高く評価してもらえるとは予想外で、要は響が突っ込まれる横で、虚をつかれた表情を浮かべてしまう。

「でもこれなら、榎本くんが執事役引き受けてくれてよかったね! うちの喫茶店、きっと人気出るよ!」

「ほんとにな。俺的には舞海のメイド服コスを見れたのも満足だ、ありがとう要」

「今度なんか奢ってくれよ」

「それはもちろん」

「じゃあ衣装のサイズはこれでオッケーだね! 喫茶店チーム、頑張っていこー!!」

「「「「「おー!」」」」」

 要は流れに乗り切れず、しかし控えめに拳を挙げた。クラスメイトはそれぞれの作業に戻っていく。


 「要、かなりウケよかったじゃん。女子からかっこいいっていう声もあったらしいぞ」

「そりゃ何よりだ、今すぐ着替えよう」

「まあまあそんなこと言うなって、女子たちが写真をる準備してるし。あ、本番もその髪型だからな」

 文化祭準備期間ということもあって、廊下の往来はいつもより格段に多い。珍しい服装をしているためか、人からの視線が度々刺さるのが痛い。

 「神原さんの依頼コンプリートだ」

「なんか言ったか?」

「いーや、何も」

 ひらひらと手を振りながら、響は要を写真の後列に引き込んだ。

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