第77話:メイド姿を拝むため(後編)

 「それで、本当にメイド喫茶になったんですか」

「そうなんだよ、自分のしたいことに対する熱意がすごいというか」

 要は夕飯の生姜焼きをつつきながらこぼした。

 要の票を携え黒板に向かった響だったが、突如女子たちに向かって説得を始めた。要は適当に過ごしていたためあまり覚えていないが、気づいた時にはほとんど満場一致でメイド喫茶に決まっていた。どうやら女子たちもどの案に票を入れるか決めあぐねていて、せっかくならいつもと違う服も着てみたい、という要因が幸いしたようだ。


 「この熱意を勉強とかにも向けてくれればいいんだけどな」

「あはは......まあ好きなことに一生懸命なのはいいことですから」

「それはそうなんだけどさ。陽葵も中間テストの前に勉強するんだからな」

「うぅ......はい」


 聞きたくなかったと言わんばかりに、陽葵はがっくしと首を折る。最初はそんなに勉強が嫌かと呆れたもんだが、今では見慣れた光景だ。そんなことを考えながら、要は今日の出来事について続ける。

 「それで、メイド喫茶のくせして男子もタキシードを着て接客しないといけないらしくて」

「......ふーーん」

ため息をつく要をよそに、陽葵は下がっていた頭をぬるりと持ち上げた。口角が上がり、目が光って見えるのは幻だろうか。

 メイド喫茶なら接客を行うのは主にメイド服を着た女子になるため、密かにメイド喫茶を推していた要だった。しかし、決まった後に女子の一人が言った。

 「せっかくなら、男子も執事服着ればよくない?」

 要は激怒はしなかった。

 しかし必ず裏方を勝ち取らねばならないと決意した。

 クラスのリーダー格の発言権は凄まじいもので、あっという間に響含め陽キャ男子たちが賛成し、衣装もバイト先のツテで借りれる人がいるということで現実のものとなってしまった。基本的には執事服を着るのはこれまたコミュ力に富んだ陽キャ男子だろうが、響に「お前背格好いいんだから、ちゃんと着る人候補に入ってるからな」と言われてしまった。こうなっては、来たる役割決めの時になんとか裏方の役職を獲得するしかなくなってしまった。


 「要くんもコスプレして接客するんですか?」

「いや、響にはやるよう言われたけど、俺自身は全くやる気ないな。近々役割決めがあるらしいから、なんとか目立たないポジションに......」

「でも喫茶店で目立たないポジションって言ったら、料理作ることになりませんか? 要くんあまり料理すること、そんなに多くないですけど」

「それを言われると耳が痛いんだが......まあ裏方にも料理以外の役割があることを期待しとくしかないな。あと響に執事をやるようゴリ押しされないよう祈るしかない」

「? それはまたどうして」

「クラスの真ん中で言われたら断りにくいだろ」

「あぁ、そう言うことですか......なるほど」

 いざとなったら喫茶店で出す品目だけでも練習するつもりで、要がどれだけ目立ちたくないのかが伺える。


 「文化祭のシフトが決まったら教えてくださいね! 要くんが働いている時間帯に行きますから」

「執事服を着ることにならなかったらな。ところで、陽葵のクラスは何をすることになったんだ?」

「普通に唐揚げを売ることになりました! 元々要くんのクラスみたいに喫茶店とかの案も出ていたんですけど、やる気というか熱意を持った人が少なくて。まあその分文化祭を自由に回れる時間多かったり、いいこともあるんですけど!」

「なるほどな」

「私も自分のシフトが出たら教えますね! 被らないといいですけど」

 要としても陽葵がいる時間に模擬店に赴きたいが、きっと大いに混むことだろう。全校を魅了する彼女が作る唐揚げを我が手にと望む男子は、そう少なくないはずだ。


 「それじゃ、また明日の朝来ますね、おやすみなさい!」

「いつもありがとな、おやすみ」

陽葵は笑顔で手を振り、要の部屋の扉を閉めた。使用した鍵と入れ替えで、ポケットからスマホを取り出す。Leneで開くのは、交換して以来あまり稼働していない響とのトークルームだ。


こんばんは。そちらのクラスの模擬店のことなのですが、男子は執事服を着て接客する人がいるって要くんからお聞きしたのまして、

 メッセージアプリでメールのように長文を一度に送りつけるのも堅苦しいかと思い、一旦上記の内容を送ってタイピングを再開する。


その辺は任せてくださいませ


 陽葵が次のメッセージを打ち込んでいる最中に、恐ろしい速度で返信とスタンプが返ってきた。こちらの意図を見透かしているのか、送ろうとしていた内容と先の返信は矛盾していない。少しの気恥ずかしさを感じながら、陽葵は内心親指を立てる。


 「要くんの執事服、見れるかな」

 響の任せろという言葉には、言いようのない信頼感が感じられる。裏で手回ししたことに少しの罪悪感が胸を刺すが、要の執事姿など、この先見る機会がないと断言できる。


 「......ふふっ」

文化祭に胸を膨らませ、陽葵は柔和な笑みを漏らした。

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