第76話:メイド姿を拝むため(前編)
「じゃ、どんどん意見出してってくれ〜」
昼食を取り終えた後の五限目、要たちのクラスではロングホームが行われている。議題は毎年十月末に開催される文化祭の話し合いだ。ここ羽星高校では、一から三年生までの全クラスが日替わりで店舗を出すことになっている。定番の食品からお化け屋敷などのレジャーまで、多種多様なそうな。
黒板の前ではクラス会長が声を張り上げ、クラス中に意見を求める。ロングホーム中は教室内を自由に立ち歩いていいことになっているので、主に女子たちが活発に話し声を上げていた。要はというと、響の隣で大きめのあくびを一つ。
「なんだ寝不足か? まーた予習を貯めるとかいう天才チックなことしてるんじゃなかろうな」
「ただのインスリンの作用だ。あと何が天才チックだ。学年上位の奴らはみんなやってる......はず」
ソファでの寝心地は特段悪くなかったのだが、寝不足なのだとしたら確実に直前の出来事が原因だろう。暴れる心臓を落ち着かせるために、時間がかかってしまったのだ。響には脳内物質のせいということで誤魔化しておく。
今朝六時ごろに要の部屋を去った陽葵は、約一時間後、いつもの時間に再びやってきた。互いに顔の赤みは元に戻っていたものの、二人の間にはどことなく緊張というか、ぎこちなさが残っていた。特に陽葵の方はそれが顕著で、目を合わせようとすると露骨に目を逸らしてきたものだ。今日が連れ立って登校する日ではなかったのが救いというべきか。
明日あたりまでに直っているといいが......などと考えていると、響が肩を叩いてくる。
「んで、要はなんかいい案ないのかね。文化祭の出し物」
「特になし。なんでもいいけど、できるだけ楽なやつがいいかな」
「それはまた消極的な。せっかくの高校初の文化祭だぞ?」
「文化祭ってのは、陽の者たちが楽しむためのイベントなんだよ。俺みたいな
「相変わらず卑屈だな〜要は」
「でも、俺がクラスの先頭に立ってるところも想像できないだろ」
「まあな。違和感がやばい」
普通の人なら地味に傷つく肯定を受けながら、要は苦笑した。そんな間にも、黒板にはさまざまな意見が書き込まれていく。
飲食系ではメジャーな焼きそば、たこ焼きに加え、洋食を提供するレストラン風なもの、そこにメイドなどコンセプトを織り交ぜたカフェなど。レジャーでは縁日にあるような遊びや謎解き、流行りに乗ったフォトスポットといったものがある。
「なんか思ってた以上に幅広い案が出たな。要的にはどれがいい?」
「料理も接客も得意じゃないし、飲食系はとりあえず抜き。フォトスポットとかなら事前に作ってしまえば当日の負担が少なそうでいいかな」
「お前らしいや。でもメイド喫茶とかコンセプト系の店にすれば、コスプレした舞海が見れるかもしれんぞ」
「それ、俺にはなんのメリットもないんだが」
「そんなこと言うなよ〜。舞海じゃなくとも、労働環境に目の保養がいるかどうかって結構大事だぞ?」
「そうかそうか、将来職場選ぶ時の基準に一パーセントくらいは入れさせてもらおうかな」
「絶対考えてないこと言うのはやめなさい」
実際、響が交際している雨宮舞海は、整った顔立ちと活発な性格、両方とも人気が高い。響が勝ち取るまで彼氏としてのポストを狙っていた者も多く、陽葵までとはいかないものの、告白された経験も多いと聞く。響の言うとおり、彼女を目の保養としている人も数多だろう。
「って言いっても、出し物が俺らの一存で決められる訳じゃないしな。こういうのは大概、陽キャ女子たちの意見が通るもんだ」
「それには同意だな。なんでクラスの男子より女子のが権力強いみたいな風潮があるのか」
結局団結している女子たちの意見が通るのだろう、と要たちは遠い目をしている。そもそもこのクラスは女子の割合の方が大きく、おとなしいタイプの女子は陽キャ女子たちに賛同するよう票を入れるのが要の経験則だ。男子の仕事は面白い提案を行うところまでで、それ以降は蚊帳の外なのだ。
「黒板に一通り書いたから、いいと思う案の下に名前書いていってくれ」
会長の一声を受けて、クラスの女子たちは一斉に黒板前に陣取った。座らせて手を上げさせる方が楽なのでは、とも考えるが、文化祭の出し物決めから楽しんでほしいという、会長の心遣いなのだろう。もとより、どちらのやり方でもわざわざ文句を言ってこの場を冷やかすつもりはないのだが。
「響、俺の名前適当なとこに書いといてくれ」
「つくづく適当な。まあそう言うことなら、舞海のメイド姿を拝むため、糧の一部にさせてもらうわ」
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