『短編』宮廷テイマー、コストカットで追放されて自由を得たので未開拓領域に使い魔の楽園を作ることにする~竜も馬も言うことを聞かなくなったから帰って来いと今更言われても……もうエルフと同盟を結んだので~

すかいふぁーむ

第1話

「いて……って……これは……」

「あーごめんごめん。そんなところにいたとは思いませんでしたよ。ユキアさん……ぷっ……」

「あはははは」


 竜舎の掃除中、俺の顔面に糞を飛ばしてきたらしい。

 反応を見るにわざとだろうな……。


「はぁ……気をつけてくれよ。エレイン」


 どうもエレインは俺のことを目の敵にしている節がある。

 いや理由はわかる。俺の待遇が気に食わないんだろう。


 俺は代々受け継がれてきた宮廷テイマーの家系だ。父が早くに病死してしまったためすでに家督を継いでいる。

 一方エレインをはじめ竜や生き物の世話をする人間は基本的に雇われた作業員。もちろん王宮に仕えるのは名誉ある仕事だし、貴族の子息の特権ではある。

 だが俺は一応子爵位まであるのに対して、エレインたちは報酬も大きいわけではないのにこのきつい職場で働いているわけだ。プライドの高い貴族の子息たちならそりゃ不満も出るか……。


「パトラ、頼めるか?」

「キュルーン」


 世話をしている竜に呼びかけると嬉しそうに一鳴きして俺の顔の汚れを浄化する魔法を使ってくれた。さすが白竜、聖属性はお手の物だな。


「ちっ……」

「あーあー良いよなぁ爵位持ちの宮廷テイマー様はよ……」

「なに、あいつが涼しい顔できるのも今のうちだよ」


 気になる発言が聞こえたがいちいち構ってる暇もない。

 俺はこの竜舎以外も……この王宮が管理する全ての生き物の世話をする必要がある。

 竜の世話だけで良いエレインたちとは作業量が違うのだ。


「エレイン。あとはいつも通りに。餌はそれぞれ準備したからよろしくね」

「くそっ……竜のご機嫌とりのフリで金が貰えるやつは楽で良いよな」


 文句を言いながらも作業を始めたのを見てその場を離れる。

 竜は気まぐれだからその日ごとにテイマーの俺がコミュニケーションを取って食事内容を決めてるんだけど、あんまり理解してもらえていないようだな……。


「はぁ…」


 それでも代々やってきた責任ある仕事だ。俺が折れたらこいつらの世話はおざなりになるだろう。それは罪のないこいつらがかわいそうだ。


「頑張ろう」


 竜、馬、鳥、その他の魔獣……。

 レインフォース家が繋いできた国のための使い魔たち。

 俺がいなくなればこんな鎖などなんの意味もなくなる。竜は鎖を千切って飛び出すだろうし、馬もテイム任せでろくに調教を覚えていない兵士たちには乗りこなせなくなる。鳥は手紙を運ぶのも途中で辞めるようになるだろうし、魔獣に至っては最悪の場合死人も出るだろう……。


「俺が頑張らないと」


 現状を確認したことで気合を入れ直す。

 今日の仕事もあと一踏ん張りだ。


 ◇


「は……?」

「聞こえなかったかね? 君はクビだと言ったのだよ、ユキアくん」


 王城職場の玉座の間に呼び出された俺は確認のためにもう一度説明を求めた。


「えっと……良いんですか?」

「は?」


 今度は向こうが耳を疑ったようだ。


「宮廷テイマー……などと言えば聞こえは良いが、今の君は無駄飯喰らいそのものではないか」


 自慢のひげをいじりながら財務卿のビッテル侯爵がそう言う。


「全くだ」

「そもそも馬係でしかない雑用に名誉ある爵位などもったいない……」

「テイマーと言ってもただの飼育係ではないか。こんな高い給与払わずとも作業は滞りなく進んでいるという話だ」


 周囲の貴族たちが追従するようにそう言った。

 なるほど……エレインが言っていたのはこれか……。エレインの父親はビッテル財務卿に親しい貴族だったな……。


「ふむ……レインフォース卿は何か気になることでも?」

「陛下! わざわざこのような馬係など相手にされずとも……」

「恐れながら申し上げます」


 ビッテル卿の言葉を遮り進言する。


「私は代々受け継がれてきた使い魔たちのテイムを行っております。私が任を解かれれば、竜や魔獣は抑えが効かず飛び出すでしょうし、馬なども言うことを聞かなくなるかと」

「でたらめを言うな!」

「そうだ! そんな嘘でその地位に縋り付くなど恥ずかしくないのか!」


 たちまちビッテル卿派の貴族たちに糾弾される。

 周囲を見てもそれに逆らう気はない様子だ。


「ふぅむ……どう思う? ハーベル宰相」

「レインフォース卿の言が本当であれば、大変なことになりますな」


 ハーベル宰相が俺をかばうような発言をする。

 だがその言葉を聞いてもビッテル卿が慌てなかったところで、俺は全てを悟った。

 ビッテル卿はすでに宰相まで取り込んでいたわけだ。

 ハーベル宰相の言葉はこう続いた。


「ですが、ビッテル卿は財務を司るお方でございます。国家のために必要とあらば、支出先を切り崩すことも当然必要になられるかと」


 満足げにうなずくビッテル卿。

 周囲の貴族もなにも言わないのはこれか……。国のナンバーツー、実質の指導者となっているハーベル宰相には何も言えないのだ。

 普段なら真っ先に反対しそうな軍務卿カーターですらダンマリを決め込んでいる。


「では、レインフォース卿は本日付でその任を降りてもらおう。本来であれば国家への虚偽は罪に問われるべき内容だが証拠が揃うまで時間がかかろう。国外への追放処分とする」


 俺のせいで家が……。

 だがもうどうすることもできなかった。ビッテル卿がここまで根回しをしている以上、俺がここでなにをしても意味はない。

 テイムの証拠を出そうにも、魔獣たちとの契約は先祖代々が引き継いできたものなので一体ずつを解除はできない。俺が国外に出て、その頃初めて変化の兆しが見えるようなものだろう。


「ご苦労だったな。まあ本当にテイマーとしての素養があると言うのなら他国でもどこでもいって存分に力を振るわれるが良い。本当に力があるのなら、なぁ」


 ニヤニヤと笑うビッテル卿が肩を叩きながらそんなことを言う。

 だがすでに俺の頭は家族をどうするかでいっぱいだったので相手にする余裕などなかった。


 ◇


「と、いうわけで申し訳ないけど国外追放になった」


 久しぶりの実家。

 代々王宮に仕える都合上王都に屋敷を持っていたレインフォース家の本邸に帰ってきていた。今家に残っているのは母と少し下の妹だけだが。

 男兄弟がいなかったため俺に万が一があった時を考え養子をとったりもしていたが、すでに家を出て関わりもなくなっている。

 使用人は数人いるが、広い屋敷を持て余していると言えた。


「貴方は仕事熱心だけれど……いえ、だからこそ宮廷のやり方には合わなかったのかもしれないわね……」


 母さんは俺を責めるでもなくそう言った。

 だが俺を心配させまいと気丈に振る舞ってくれている様子はうかがえる。

 申し訳ないな……。


「はぁ……兄さんはいつかやらかすと思っていましたが……まあ一族郎党皆殺しとかにならなかっただけマシだと思いましょうか。国外追放は良いですが、行くあてはあるのですか?」


 呆れながらも妹のシャナルは俺を気遣うような視線を送ってくれていた。

 口調に反して表情は心配そうにしてるところが可愛いところだった。


「当てははっきり言ってない。ただ国外追放となった以上急いだほうがいい。多分ビッテルは暗殺者を差し向けるだろうし」

「そうですね……兄さんに万が一他国で活躍されたら立場がありませんし、そのくらいはするでしょう」

「ああ。だからとりあえず最短で国を出て、味方を作る」

「味方……あぁ……わかっちゃいました……」


 俺が何をするか察したシャナルが頭を抱える。

 母さんは微笑むだけだった。

 俺は王都を北上し、未開拓となっている森を開拓して生活拠点をつくるつもりだった。


「ちょっと不便かもしれないけど、色々テイムして整備していけば未開拓の森も過ごしやすくなると思うから」

「わかってますよ。兄さんならそのくらいやることは」

「良かった」


 ならやることをさっさと進めていこう。


「使用人たちに大目に給金を、ここからしばらく仕事がなくても生きていけるくらいには払ってあげて」

「わかりました……私と母さんを置いていくとは言いませんよね?」

「二人にも何かあったら怖いし一緒に行きたいと思ってたけど……」

「ならいいんです」


 そう言うとテキパキ準備を進めるシャナル。

 母さんも着いてきてくれるようだった。

 そしてもう一人、辺鄙な森への旅に名乗りを上げた人物がいた。


「ご主人様。不肖ながら私めもご同行させていただいてもよろしいでしょうか」

「ロビンさん……」


 ロビンさんは祖父の代から仕えてくれている執事。

 確かにこれだけ深い関係にあれば危険が及ぶかもしれないな……。


「私めのことはご心配いただかなくとも、もともと老い先短い老人ですから……」

「さらっと考えを読まないでください……」


 主人と呼ばれるに至った今でも頭が上がらない人だった。


「なにかのお役には立てると思うのです。是非に……」

「わかった」


 役に立つどころではない。 

 ロビンさんがいるかいないかで動き方がまるで変わるほどの力を持っているのだから。


「はい。ではまず安全に国外へと至るルートを……それから馬車の手配はこちらの商人のもとへ向かわれるとよろしいかと」

「最初からこうなることに備えていたようですね……」

「買いかぶりすぎです。それでは……」


 メモを渡したかと思うとさっと姿を消すロビンさん。

 どこが老い先短い老人だというのだろうか。ロビンさんほどの腕なら執事どころか冒険者だってまだできるんじゃないだろうか。

 というか……。


「ロビンさんみたいな人が暗殺者に差し向けられたら俺は死ぬな……」


 底知れない恐ろしさを感じながら、言われるがままにメモにある商人のもとへ向かった。


 ◇


「馬車……ですかい? しかもレンタルじゃあなく買い上げると……」

「無理か?」

「いえ……ですが……」


 出し渋る商人。

 こういうときは金を見せたほうが早いだろう……。


「これだけある」


 どん、と革袋がテーブルを響かせる。


「これは……! いえ、こんなにはいただけません!」

「好きなだけ持っていっていい。とにかく早く必要なんだ」

「あるにはあるのです! とびきり早いやつらです。お急ぎでしたらぴったりでしょう」


 だったら話は早い、と思ったが商人の話はここでは終わらない。


「ですが……問題がございまして……」

「問題?」

「ええ。二頭つないでおりますが、二頭とも人に全く心を許さないのです。操れる御者がいなければ馬車として成立いたしません……」

「なんだそんなことか」

「そんなこと……?」

「それなら大丈夫だ。言い値で買う。すぐに準備してくれ」


 元宮廷テイマーの腕の見せ所といったところだろうか。


「兄さんならたしかに、どんな暴れ馬でも一瞬で手なずけてしまうんでしょうね」

「まあ馬程度なら大丈夫だろう。魔獣でも連れてこない限り」

「何言ってるんですか……仮に魔獣でもいくらでもテイムしてしまう天才が……」


 天才、か。

 テイムの才能だけは歴代でも目をみはると、父に言われたのを思い出す。

 代替わりのときに苦もなく王宮の生き物たち全てをテイムしたときは驚いていた。もうすでにその時は病気でボロボロだったが。


「そういえば、代々短命なのって王宮での無理がたたったりしてたのかな……?」


 ふと思い返す。

 祖父も父も早死だった。その上の先祖様たちも、長生きしたという話は聞いていない。


「兄さんは関係ないと思いますけどね……雑用係に指示がやっとでテイムを維持するのに手一杯だった父さんとはまるで違いますし……」

「まあそうか」


 どのみちもうあんなでたらめな数を管理することはないだろうけど……。


「でも兄さんがどのくらいテイムできるのか、限界は見てみたくありますね」

「やめろ。殺す気か」

「人聞きが悪いですね……私はただ兄さんの力を見たいだけです」


 そんな話をしていると準備に出ていた商人が戻ってきた。


「旦那様、なんとか連れてきましたが……本当に良いので?」

「見ててくれ」


 二頭の馬はたしかに宮廷で見ていた軍馬よりふた周りほど大きく、気性も荒らそうだった。

 今もこちらを睨み殺さんとばかりに見下ろしてきている。


「やるか……」


 ゆっくり、正面からその二頭に近づいていく。


「あっ! 危ないですよ旦那様っ!」

「まあまあ、大丈夫ですから落ち着いてください」


 外行きモードのシャナルが俺には見せない柔らかい口調で商人をたしなめていた。

 そうしている間に俺は馬のすぐそばまで近づき……。


「【テイム】」

「「──っ⁉」」


 馬の目つきが変わる。

 そして……。


「クゥウウウウン」

「クゥォオオオオン」


 近くに来ていた俺に頭をこすりつけるように甘えてきていた。


「信じられない……私じゃあここに連れてくるだけで手一杯だったというのに……」

「まあ、兄さんですから」


 シャナルが久しぶりに見た柔らかい笑みで微笑んでいた。


 ◇


「ご主人さま、御者は私めが」

「ああ、お願いします。クエル、エルダ、頼んだよ」

「「クゥオオオオン」」


 二頭には名前がなかったようなのでそれぞれクエルとエルダと名前をつけた。

 芦毛の綺麗な馬体を持つクエルと、瞳が緑に輝く栗毛のエルダ。

 二頭ともメスのようだ。

 ロビンさんに任せてもしっかり仕事をこなしてくれるだろう。


「母さん、大丈夫?」


 慣れない馬車で酔ったりしないだろうかと心配する。


「ええ。私のことは心配せずに」

「兄さん、私は?」


 と、シャナルも何故かそんなことを口にする。

 一応確認はするけど……。


「え? ああ、シャナルは大丈夫そうだね」

「……知りません」


 あれ?

 シャナルが機嫌を損ねていたけどもう動いてからなだめるしかないか……。


「動きますよ」


 ロビンさんがそう言うとクエルとエルダが息を合わせて動き出した。


「街を抜けたら街道を北上、本日は北西の村リスドルへ参ります」


 下調べはバッチリということだろう。


「それじゃあ二人は休んでて。俺は周囲の……」


 言いかけたところでシャナルがそれを遮った。


「はぁ……兄さん、周囲の警戒は私のヴィートが行っていますから、あまり気を張り詰めないでください」


 機嫌が治ったのかは判断に迷うところだが、旅に協力的なことはありがたい限りだ。


「シャナルにはヴィートがいたんだった」


 シャナルも当然血を引き継いだ優秀なテイマーだ。

 猛禽類から派生した鳥型の魔物、ヴィートは父さんから与えられた使い魔だった。


「兄さんも早く使い魔を作れば良いのに……って、どんな相手も一瞬でテイムしちゃえるんじゃあありがたみがないですかね」


 通常、テイマーというのは相棒になる使い魔を決めて絆を育むものだ。

 大体一人一体の相棒、もしくは数体のパーティーを持つことが多い。


「まあ俺は宮廷のやつらがいたから……」

「確かにあの数をさばきながらでは難しいのはわかりますが、兄さんはそもそも作る気がないからですよね……?」

「ふふ。羨ましいわね。見ただけでテイムできる才能……苦労してようやく相棒を作れた私達とは見えている景色が違うように思えるわ」


 母さんにも相棒がいる。

 ネズミ型の魔獣、スチュワードだ

 話題に上がったのがわかったのか服の裾からひょこっと顔をだしてせわしなく視線をキョロキョロ彷徨わしていた。


「はぁ……兄さんが竜でも連れて帰ってきてたらすぐ国を出られたんですけどね」

「無茶言うな。それこそすぐに殺されてたわ」

「またまた……一人で逃げるだけなら国家戦力相手でも兄さんは立ち回れたでしょうに」


 どこまで本気かわからないシャナルの言葉に何も言えなくなる。


「ありがとうございます。兄さん」

「え?」

「聞いてなかったんですかっ⁉」

「いや、聞いてたから驚いたというか……まさかシャナルの口からそんな言葉が飛び出すとは思ってなくて……」

「もうっ!」


 いずれにせよ国家戦力相手に大立ち回りなどしたくなかったしな……。

 こうして家族一緒に過ごせるならそれに越したことはない。


 馬車は順調に北の森に近づいていた。


 ◇


「これで良いのだな?」

「ああ、父さん。ユキアなんていなくてももともとこいつらの世話は回ってたんだよ」


 ポンポンと竜のうろこを叩きながらエレインが父親のアイレンに得意げに語る。

 竜はその程度の衝撃はなんとも思わない様子で身動き一つ取らなかった。


「なら良いのだ。これでお前が中心となってあのレインフォース家の後釜を担うとなれば、我が家は未来永劫安泰だ」

「はあ……父さんもレインフォース家って……あんなのただのホラ吹き一家だって。その証拠にほら、こいつらも暴れだしたりしないしさ」


 またエレインがポンと竜を叩く。

 相変わらず竜は動かなかった。


「ふむ……まあ良い、うまくやれ。これでレインフォース家に払っていた大きすぎる支出が浮いた。当然その金額は……」

「へへ……分前は弾んでもらうぜ」


 親子ともに欲にくらんだ同じ表情で竜舎の中で笑い合う。

 ユキアがいなくなったことでエレインは竜舎を一手に任される責任者となり、その地位も報酬も大きく向上していた。

 順風満帆。

 エレインにとってみれば、大した仕事もしていないのに指示だけ飛ばす楽な仕事で大金をもらうユキアを追い出したことはこの上ない善行のつもりだった。国家のために一肌脱いだという達成感と、上がった役職がもたらす全能感に酔いしれる。

 鬱陶しいユキアもいなくなり、竜たちは黙って自分の言うことを聞く。

 最高の環境を手にした。そう確信していた。今日、このときまでは。


「では、私はビッテル卿のもとへ行く」


 アイレンもまたほくそ笑む。

 息子から話を聞いたときには聖域に足を踏み入れるような恐ろしさすらあったが、いざ追い出しても何事も起こらないということはやはり、レインフォースなどお飾りであったことの何よりもの証明だった。

 結果的に財務卿へ大きな恩を売れた上、うまく行けば息子が独立して爵位を得られる可能性すら芽生えたのだ。


「そうなれば我がマインス一族は王国の歴史に名を刻む名家だな……」


 頭に描いた妄想が次の日には打ちのめされるなどとは夢にも思わず、軽い足取りでビッテル卿のもとへと向かっていった。


 ◇


「やりましたな、ビッテル卿」


 ビッテル財務卿の周囲には王宮に仕えるビッテル派の貴族たちがすでに集まり宴会の様相を呈し始めていた。


「これであのレインフォースに与えていた無駄金が浮く……つまり我々は……」

「ふふふ。それ以上に口に出すなよ?」

「もちろんです、ビッテル財務卿殿……いえ、次期宰相殿とお呼びした方が?」

「ははは。面白い冗談だな」


 まんざらでもない表情でビッテルが笑う。


「しかし良かったのです? 国王陛下とあのようなお約束を……」

「なんだ? お前はレインフォースを信じるか?」

「いえ! そんな滅相も……」

「案ずるな。万が一あのレインフォースの小僧の言う通りになったら責任を取れるかなど……万が一が起こらないからこの計画を動かしたのだ。であろう? マインス卿」


 少し遅れてやってきたアイレン……エレインの父、マインス子爵に気付いたビッテルがそう声をかける。


「もちろんでございます。我が息子が文字通り、手綱を握っておりますゆえ」

「それは安心だ。聡明なご子息をお持ちで羨ましい限り」

「あやかりたいものです」


 すっかり出来上がっている貴族たちにも持ち上げられ、アイレンは鼻高々だった。


「これまで何の問題もなかった宮廷の馬や竜が今更暴れだすなどありえぬ……だが他国であの小僧が活躍すると陛下も気にされることだろう……」

「足取りはつかんでおられるので?」

「無論だ。思ったよりも早く動いたようだが、よりにもよって向かう先が北とは……間抜けな男だ」

「北ですか! 魔の森とその先の山岳……自ら逃げ場をなくしたと」

「ああ。もともと王国に寄生し続けた家だ。頼る宛もなくさまよっているのであろう。わざわざ目立たぬ場所に向かうというなら到着してから殺したほうが好都合というもの」

「ごもっともで。いやぁしかし、何もかもビッテル卿の思惑通り……流石ですなあ」


 貴族たちが笑い合う。

 気を良くしたビッテルが自慢のコレクションであるワインまで解禁しはじめ、宴は夜を徹して行われることになった。

 それほどレインフォース家へ払っていた金額は大きく、これから彼らが手にする恩恵は大きいのだ。

 なにせこれまでは、レインフォースなしでは軍が機能しないなどと脅されていたわけだから。


「忌々しい一族だったが……間抜けな小僧が最期を締めくくったな」


 ビッテルは笑う。

 だが彼は知らない。


 すでに王宮の生き物たちの【テイム】が解けていることを。

 竜たちは鎖を引きちぎり、竜舎を破壊して飛び立ったことを。

 魔獣達が檻を破壊する勢いで暴れだしたことを。

 翌日それらを制するために動こうとした軍の言うことを、馬が全く聞かなくなることを……。


 その全てがユキアの宣言した通りになるということを、彼らはまだ知らない。


 責任を取ろうと動き出す時にはすでに、当のユキアは森に楽園を築きエルフとのつながりまで作るに至ることなどまだ、彼らはまだ知る由もなく飲み明かしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『短編』宮廷テイマー、コストカットで追放されて自由を得たので未開拓領域に使い魔の楽園を作ることにする~竜も馬も言うことを聞かなくなったから帰って来いと今更言われても……もうエルフと同盟を結んだので~ すかいふぁーむ @skylight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ